(新しい潮流にチャレンジ)未来を予測する衝撃の書

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教育創造研究センター所長 髙階玲治

サピエンスはホモ・デウスになるか

人類史は何を語るか

最近の日経新聞を読むと、AI(人工知能)に関する記事がやたら目に付く。その研究や普及は加速度的な印象がある。

例えば、NHKで『超AI入門』を3度に及ぶシリーズで放映していたが、週ごとのテーマは自動車や医療、農業のみでなく「会話する」「感じる」「発想する」「恋愛する」などの分野にまで及んでいた。

未来はどう変わるのであろうか。その未来は、いま学校で学んでいる子供たちの未来でもある。「AIが人間のリーダーシップを脅かすという考えは否定するのが難しい。何と言ってもAIは、人間の知能を補強し、改善し、最終的には取って代わることが目的なのである」と語る学者がいる。

本当にそうか。イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリの著書『ホモ・デウス』上・下(河出書房新社、2018)が世界的な関心を集めている。ハラリは前書『サピエンス全史』(同、2016)で人類史に新しい独自の意味付けを与えていた。

例えば、農業革命は人類を大きく飛躍させたが、狩猟採集社会よりも過酷な生活を人間に強いて不幸を増大させたという。つまり、狩猟採集社会では自分に必要な食糧を獲得すれば満足できたが、農業社会が始まって人口が増大すると、国のために大量の食糧が必要になり、自分が生産した作物の大半は他人に提供せざるを得ない結果となった。貨幣の発明は階級社会を生み、やがて資本主義が世界を覆うようになった。

NHKは元日に二つの著書を取り上げて放映していたが、その中でハラリは「希望の視点から歴史を考えたかった」と述べている。その人類史は7万年前に認知革命を起こしているという。

それは人間が想像力によって虚構を創り出す力を持ったことを意味する。神や国家、企業や法律、さらには人権や平等までもが虚構の世界である。しかし、虚構こそが見知らぬ人間同士を協力させる力になり得たのである。例えば、なぜ、宗教的な争いが起こるのかは、そのことの証明でもある。

しかし、一方で人類は飢饉(ききん)や疫病、戦争を克服しつつある。自由や民主主義が重視され、平和を求める思想が共有されて社会は今まで以上に安定し、人々は幸福を求めるようになった。だが、この先も人類は幸福であり続けるのか。

最近のAIなどの新しいテクノロジーの発展は、新たな社会階層を生み出す危険性はないのか。最初に述べたように、AIは人間を補強するのみでなく、最終的に人間にとって変わるのではないか、とする不安もまたみられる。
ハラリは、さらに未来について語る。人間はどこへ行こうとするのか。

AIは人間を超えるか

人類は今、AIのようなテクノロジーを開発し、それに依存しようとしている。生物工学者は古い人間の体質に手を加えて遺伝子コードを書き換え、全く新しい人間をつくることを可能にするという。
例えば、裕福な人々は子供や自分をより知的な才能を持つことができるように設計する。不死になることも可能かもしれない。その結果、テクノロジーによって体や脳を設計することで何でも獲得できる人間になるが、そうでない人間はなすすべを持たず「無用者階級」になる。

「21世紀には進歩の列車に乗る人は神のような創造と破壊の力を獲得する一方、後に残された人々は絶滅の憂き目に遭いそうだ」とハラリはいう。

だが、AIを獲得した人間はどうなるか。端的に人間とAIの違いを言えば、人間は問題解決する場合「知能」に頼るが、同時に喜怒哀楽を感じる「意識」があって、苦痛、喜び、愛、憎しみなどの主観的な感情を伴いながら問題を解決する。しかし、AIは「意識」がないために「知能」のみによって問題解決する。感情を発達させることはない。

AIが人間をのみ込むとは、意識や感情を全く持たない存在に世界が支配されるということである。人間がテクノロジーを活用する結果として、新たに世界を支配するホモ・デウス(神)が誕生する。
だが、そうしたホモ・デウスは間違いを起こさないのか。AIはいわばデータ至上主義であるが、その力を駆使して世界の征服に成功したとき、人間はどうなるのか。最初はデータ至上主義のよさを活用して喜びを持つが、そのものが発展し続けた結果として、今度は人間がのみ込まれることにならないか。
そこでハラリは著書の最後を次のように締めくくる。①科学は一つの包括的な教義に収斂(れん)しつつある。それは、生き物はアルゴリズムであり、生命はデータ処理であるという教義だ②知識は意識から分離している③意識を持たないものの高度な知識を備えたアルゴリズムがまもなく、私たちが自分自身を知るよりもよく私たちのことを知るようになるかもしれない。

こうした課題を受けてハラリは読者が次の問いを持ち続けてほしいと語る。①生き物は本当にアルゴリズムにすぎないのか。そして、生命は本当にデータ処理にすぎないのか②知識と意識のどちらに価値があるのか③意識を持たないものの高度な知識を備えたアルゴリズムが、私たちが自分自身を知るよりもよく私たちのことを知るようになったとき、社会や政治や日常生活はどうなるのか。

ホモ・デウス的な世界は近未来に出現する可能性がある。NHKのTVでは、科学者の中には自分の発明が世界にどのような影響を与えるかに無頓着な人物がいると警告を発している学者がいた。また、ホモ・デウスの考えを真っ向から否定する科学者もいた。

その映像の中でハラリは、目の前に広がるイスラエルの穏やかな海岸を眺めながら、最近考えるのは次の世代の子供たちのことだという。彼らは将来どんな世界が待ち受けているか分からないままに成長する。

「テクノロジーを追い求めるだけでなく、現状に満足する方法を学び、自分の内なる声に耳を傾けるのに時間を多く費やすべきだ。あなたの心は、どんな声を発していますか。あなた以外にあなたを理解できる人は誰もいません。他の誰もあなたの頭の中をのぞいて見ることはできないのです」と述べていた。