(新しい潮流にチャレンジ)戦後教育はどう確立されたか

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教育創造研究センター所長 髙階玲治

義務教育の基盤づくりに学ぶ

戦後教育への関心?

『学校教育・実践ライブラリVol3』(ぎょうせい)を読んだ。

実は、この号に「昭和26年学習指導要領を読んでみよう(上)」という記事があって、極めて珍しいという印象を受けた。編集者によれば、今回の学習指導要領は少なからずこの影響を受けていて、資質・能力やアクティブ・ラーニングなどにつながっているという。「現代に照らしても決して色褪(あ)せていないばかりか、新学習指導要領を読み解く上で大いに参考になろう」と述べている。

実はたまたま私は当時の珍しい文献を読んでいた。昭和25年発行の『現場の質疑に答える』という80ページ程度の冊子で、当時の学校からのさまざまな質問に対して指導主事が学校訪問したときに答える内容になっている。発行は千葉県教育委員会事務局指導課である。

当時の状況は、戦後の混乱の渦中にあった。昭和22年に「学習指導要領一般編(試案)」が出されたが、特に新制中学校が発足して3年目で、大きな課題を抱えていた。

新制中学校は、旧制中学校のようでも、小学校のようであってもならない。しかし、現状は、▽校舎も設備も、今もって不完全▽教員は正式な養成ではなく、教科担任は均衡調和がとれていない▽教科書の配給は不調だったが、改善しつつある▽終戦後の混乱に影響され、青少年の不良化傾向がみられる▽戦時中、小学校教育が不完全であったため、学力低下がみられる――というものであった。小学校の質問事項をみると、「5日制は現状に即さないと思うが」「男女共学はどうしてもやらなければならないか」などがある。

新教育発足期の混乱の状況がみられる。

当時、「試案」とされた「昭和22年版学習指導要領」はあったが、学校の日常実践には多くの課題が山積していた。そのため何よりも学校教育を安定すべく、県教委の積極的な手だてが必要であった。その方策として「現場の声を聞く」という使命が指導主事の共通認識と学校対応になったと言える。

具体的な実践志向が鮮明

指導主事が学校訪問する場合、何よりも授業の在り方への質問が多いであろう。そのため、小学校では特にカリキュラムや学習指導の展開についての質疑が具体的である。

例えば、次のようである。「最近児童中心の討議学習が行われているがその注意事項は」「時間的に無駄が多く能率的に行われないようだが」「ごっこ学習が多く行われているが、目標がはっきりしないが」「導入段階において動機づけはどんな方法があるか」「計画段階において仕事の割り付けと分担を決めるとき、どんな考慮が必要か」「週末段階で劇化表現の留意点を聞きたい」――などである。

無作為に質問事項を拾ってみても、当時の授業風景がかなり鮮明に浮かび上がってくる。

一方、中学校はどうか。当時は、卒業生の80%が就職する状況だった。そのため、義務教育としての完成教育をどうすべきかが大きな課題であった。いわば、寄せ集めに近い教師たちの共通認識が重要であって、教科指導力を身に付けると同時に学級担任としての役割も重要であった。ともすれば、学校や教師に背をむける生徒もみられたのである。

そうした状況の中でもカリキュラムについての正当な論議が交わされていた。例えば、各学校の実践例として、▽広域カリキュラム(教科ごとの系統を重視し、展開では季節、行事、社会の出来事を加味する)▽相関カリキュラム(各教科の経験的内容を整理し、教科と教科の相互関連を図りながら、生徒の生活課題解決に結び付ける)▽生活(総合)カリキュラム(生徒の生活課題解決のための興味を中心に単元を構成する)▽特別教育活動に総合的なねらいを持たせる活動――を挙げている。

ただ、これら4つのカリキュラムのどのタイプがよいかは軽々に断定できないとしているが、質の高い論議が交わされていた雰囲気を感じる。

戦後の教育理念をどう生かすか

実は、この後さらに県指導主事協議会によって132ページの『現場の質疑に答える2』が昭和25年の暮れに刊行されている。

すでに教育の課題は多様化していて、『質疑2』では、学習指導や生活(生徒)指導、視聴覚教育、学校図書館、特殊教育、評価・調査など複雑化する疑問への回答が示されている。

当時、県指導主事は17人だったというが、学校訪問し、研究協議会に参加し、質疑を受け、分かりやすく具体化して提示するという努力を全員で真摯(しんし)に実施したという。

当時は現在のように新学習指導要領が改訂されたあと「解説」が刊行されることはなかった。そのため新教育の理念も方法も指導主事が学校を回って説明するしかなかった。多大な労力を必要としたであろう。終戦後の新しい教育は、先人たちの大きな努力によって基盤が形成された。それは全国的な展開として現在につながっているのである。

なお、『現場の質疑に答える』の直後に「昭和26年版学習指導要領(試案)改訂版」が刊行されている。

恐らく、「昭和22年版』」は、新教育の方向を示してはいたが、教育理念も教育内容・方法も十分でないとする認識が文科省にあったためであろう。そのため、改めて「教育の目標」や「学校における教育課程の構成」などを具体的に述べている。特に「児童・生徒の学習経験」を基盤にした「単元の作り方」などは説得力がある。

「試案」の言葉が消えるのは「昭和33年版」からであるが、実は試案とされた「昭和22年版」は執筆者の新教育に向けた熱意が文章ににじみ出ている印象がある。その延長線上に「昭和26年版」があって極めて親しみやすい明解な文章である。

『学校教育実践ライブラリ』の編集者にならってぜひ読んでみては、と考える。

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