教職「新3K」の汚名 OECDの指摘を機に大改革を

教育新聞論説委員 細谷 美明

OECD(経済協力開発機構)が『図表で見る教育2019年版』を発表したと本紙の9月10日号(電子版)で取り上げていた。この教育データは毎年公表されており、初等教育から高等教育の教育機関に対する公的支出の対GNP比が、日本は3年連続でOECD加盟国中最下位であること、言い換えれば家庭の教育費支出負担が重いということが話題となっている。

識者によれば、子供・青年一人当たりの公的教育費支出額を計算しても世界最低レベルであるという。長年こうした指摘を受けてきたにもかかわらず、国は大きな政策変更をしてこなかった。公的資金を拠出せずとも世界最高水準の学力を維持しているのだから問題はない、というのが国の主張だろう。

ただ、昨年18年版の調査結果が発表された際、OECD側から家庭負担が重い大学などの高等教育と幼児教育・保育について公的支出を中長期的に増やしていくべきとの指摘を受けた。その影響かどうかは不明だが、国が19年以降、幼児教育と高等教育(大学・短期大学・高等専門学校・専門学校)の一部無償化に踏み切ったのは周知の事実だ。

さらに報道によれば、OECDは今回、こうした教育機関の支出の実態を検証するために各国の初等教育における学級規模と教員の給与水準を05年と17年とのデータで比較したという。

その結果、日本の教員の給与水準は05年を100とした場合、17年には約9ポイントも下がっていると判明した。さらに、OECD加盟国の多くで教員の給与水準が上がる中、日本はギリシャ、英国に次いで下落率が高かった。

この結果についてOECDのアンドレアス・シュライヒャー教育スキル局長からは、日本の教育水準の持続性について疑問符が出された。つまり、給与水準の低迷が続くことで優秀な人材が教職から離れる危険性を同局長は指摘したのだ。

OECDの指摘はまさに国際常識の上に立ったものだ。最近、若者の間で教職は「新3K」(「きつい」「帰れない」「給料が安い」)と呼ばれ敬遠される職業に入っているという。現にここ数年、教員を志望する人間は減少傾向にあり、学校現場からも新規採用教員の質の低下が叫ばれている。

一方、子供の数は減少傾向にあるとはいえ、指導に時間を要する外国人児童生徒や発達障害の児童生徒の割合は今後さらに増え、外国語教育、プログラミング教育など新たに取り組まなければならない課題も山積している。これから先、教職が「新3K」の汚名を返上する可能性は極めて低い。

今回、OECDがわが国の教員の給与水準の低さに着目し、将来の学校教育に警鐘を鳴らしてくれた点は高く評価したいが、給与水準を上げるだけでは「新3K」の「給料が安い」が解決するだけで、「きつい」「帰れない」は解決できない。

1月に取りまとめられた教員の働き方改革に関する中教審答申では、改革の目的を「教師が我が国の学校教育の蓄積と向かい合って自らの授業を磨くとともに日々の生活の質や教職人生を豊かにすることで、自らの人間性や創造性を高め、子供たちに対して効果的な教育活動を行うことができるようになること」としている。

この目的を達成するには、現状はあまりにも解決すべき問題が多い。給与水準の引き上げには給特法の改正が、授業力の向上には義務教育標準法の改正による教職員定数の増加が必要である。

わが国は古来、外国からの文化移入や政治的圧力で自国の改革を成し遂げてきた歴史を持つ。今回のOECDからの指摘を奇貨とし、国に大改革の断行を期待するのは私だけであろうか。

関連記事