教育新聞論説委員 寺崎 千秋
秋になり、教育活動充実の季節となった。各学校では主体的・対話的で深い学びに向けた授業改善は進んでいるだろうか。体だけでなく頭も使うアクティブ・ラーニングが活発に行われているだろうか。教師の授業力は向上しているだろうか。新教育課程全面実施まで小学校は半年を切った。いまだ教師中心の一斉画一型授業、教え込み型授業に偏った状況から抜け出していないということはないだろうか。
新教育課程は資質・能力の三つの柱、「知識・技能、思考力・判断力・表現力等、学びに向かう力、人間性等」の育成を目指し、主体的な学び、対話的な学び、深い学びを授業改善の視点として、子供の学びが深まるように努めることを求めている。子供主体の学びを確実に進めなければ、未来を開いていく力を子供たちに身に付けさせられないだろう。学校、教師の取り組みが問われている。
ではどうするか。各教科の基礎・基本の習得にとどまらず、これを活用する力を育まなくては思考力・判断力・表現力は育たない。子供自ら課題を設定し、その解決に向けて、これまでに身に付けてきた基礎基本とそれを活用する力を発揮して「問題解決する学習=探究的な学習」を充実させることである。すなわち、総合的な学習の時間の取り組みの充実が問われている。現在、そして新教育課程はまさにこれを重視していることを再確認したい。
また、総合的な学習の取り組みはその目標に迫るだけでなく、教師が一斉画一型授業、教え込み型授業から脱皮するよきチャンスとなる。なぜなら、教師中心の一斉画一型授業、教え込み型授業は「与えて・させて・見回り・急がせる指導」となり、子供は終始受け身で、主体的な学びとは遠いものとなるからである。
総合的な学習の場合、言うならば「聞いて・助けて・任せて・見守る学習支援」である。「聞いて」は、学習課題や目当て、学習方法や学習活動、学習の仲間や形態、学習計画や時間計画をどのようなものにするか、子供の思いや願い、考えや意見を聞いて決めていく。教師はファシリテーターになる。
「助けて」は、これらが実現できるようにひと・もの・ことなどを可能な限り援助する。
「任せて」は、取り組みや活動に余計な口出しや手出しをしない。
「見守る」は、取り組みや活動の様子を観察し、評価し、必要な支援や指導を明らかにして、次の活動の支援につなげる。
こうした教師の関わりにより、子供たちは自分たちでやる、やれるんだという意欲や自信を持って取り組むようになる。
しかしながら、この「聞いて・助けて・任せて・見守る学習支援」の教師の構えと指導の在り方を理解して実践できるようになるには2~3年かかる。どうしても「与えて・させて・見回り・急がせる」一斉型指導の癖が出てしまう。この学習支援の在り方が分かるのに1年、そして子供に実際に関われるようになるのに1年。3年目に入り、ようやく任せて見守れるようになる。このときの子供たちはまさに主体的で生き生きとし、いろいろなアイデアを出し創意工夫を凝らすようになる。教師もそれを実感する。
子供たちが基礎・基本を活用し発揮する力は、実は教師が教科の指導で子供に身に付けさせてきた力である。指導は積み上げてきたはずである。だからこそ自分の指導を信じ、子供の力を信じて任せ、見守ることだ。教師一人一人が総合的な学習の指導観・指導力を身に付けることは学校、教育の大きなレベルアップにつながる。