(注目の教育時事を読む)問題行動調査

藤川大祐千葉大学教育学部教授の視点

数だけにとらわれず「問題」の検討を

◇数値だけでは判断できない実態が◆

本紙10月17日電子版でも報じられているように、この日、文科省は2018年度の「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」の結果を発表した。

いじめの認知件数、重大事態の件数が大きく増え、小学校において暴力行為が、小中学校で不登校、高校で中途退学、そして自殺も増えている。

数だけを見ると多くの項目で増えており、こうした数を減らすことが喫緊の課題のように見える。だが、出てきた数だけを見るのでなく、多面的な検討が必要である。それぞれについて見ていこう。

いじめについては、認知件数は近年急増しており、積極的ないじめ認知が進んだためだと解されている。いじめ防止対策推進法のいじめの定義は広く、たとえ善意による行為であっても行為を受けた側が苦痛を覚えるなどの条件を満たせば、いじめにカウントされる。

認知件数が大きく増えたのは、定義に従って認知する学校が増えたのが主な要因であると考えられる。逆に言えば、認知件数の増加が、実際のいじめの増加を意味するのか否かを判断することはできないということになる。

では、重大事態が増えたのはいじめが深刻化していることを意味していると言えるだろうか。過去において、重大事態の要件を満たしているにもかかわらず、教委が重大事態としなかったことが問題になった例があるのを踏まえれば、重大事態の件数の増加も、要件を満たした事案がしっかりと重大事態として認められるようになったのを意味すると解されるべきかもしれない。

以上のように、問題行動調査の数値は、いじめが広がっているのかどうか、深刻化しているのかどうかを判断する指標とはなっていないことにこそ、注目される必要がある。

◆いじめの定義見直しを議論◇

このように考えれば、いじめ防止対策推進法におけるいじめの定義の見直しが議論に入ってくるのではないか。

現在の定義に該当するような、児童生徒が他の児童生徒の行為によって苦痛を覚える事態は、引き続き広く認知される必要があり、この数を減らすことが目指されるべきではない。

数を減らす必要があるのは、そうした苦痛が容易に解消されない事態である。すなわち、現在いじめとされている事態は「苦痛状態」とでも名前を変えてカウントし続け、その中で苦痛が容易に解消されないと考えられるもののみをいじめとして定義し直し、別にカウントするのである。この意味でのいじめの認知件数は、実態をある程度反映したものとして使えるはずである(より詳しくは藤川著『道徳教育は「いじめ」をなくせるのか』(NHK出版)参照)。

暴力行為についても、増えているのが主に児童生徒間の暴力であること、いじめ認知件数と同様に児童生徒数当たりの発生件数に都道府県などの間で違いが大きいことを踏まえれば、いじめの認知とともに校内暴力についても一部地域で積極的な認知が進んだ結果、件数が増えたものと解される。

そもそも、児童生徒間の暴力行為は、いじめと重なるものであり、いじめ対策と関連付けて取り組まれる必要があるだろう。

小中学校の不登校、高校の中途退学、そして自殺については、数の増加を事態の深刻さを示すものとして受け止める必要がある。ただし、数を減らすことばかりを目指すべきではない。

◇課題を抱えている子供には従来以上の支援を◆

不登校については16年、教育機会確保法が施行され、学校復帰を大前提とした不登校対策から学校外での「多様で適切な学習活動」を重要視する方向へと政策が大きく転換している。

こうした政策転換を反映して無理に学校に行かせることが少なくなり、不登校の数が増えた可能性がある。仮にそうであれば、増加は子供の状況の悪化を意味するわけではない。

だが、不登校の増加を、高校の中途退学や子供の自殺の増加と合わせて考えると、子供の置かれている状況がここ数年で悪化していると考えるべきかもしれない。状況の悪化を端的に示すデータは見つからないが、課題を抱えている子供への支援策が従来以上に求められていると考える必要がある。

この意味で、学校における教育相談体制を充実がもっと検討されるべきではないか。スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーの活用は進んでいるが、児童生徒の抱える課題に組織的に寄り添えず、不登校や自殺につながってしまったケースはまだまだ見られる。

専門職を配置するだけではなく、学校が組織的に児童生徒の抱える課題に、共感的に対応できるようにする必要がある。いまだに頭ごなしに規則違反を注意するばかりの学校や、発達障害などの特性に配慮のない学校が見られる。そうした学校の在り方が大きな「問題」ではないか。

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