【深掘り 教育ニュース】英語民間試験活用の見送り

「4技能重視」は変わらない

萩生田光一文部科大臣は11月1日、2020年から導入予定だった「大学入学共通テスト」の英語民間試験の活用を見送ることを決定した(本紙電子版11月1日付詳報)。これからの大学入試は、どうあるべきなのか。

全高長ら多くの教育関係者は歓迎か

大学入試センターは11月1日から民間試験活用のための「共通ID」発行の受け付けを開始することにしていた。IDの発行が始まれば、民間試験活用の実施見送りは難しい。つまり、11月1日の見送り発表は、スケジュール的にぎりぎりのタイミングだった。教育界全体の反応を見れば、多くが見送りを歓迎しており、民間試験対応の準備をいち早く進めてきた進学校や私学の関係者が生徒の混乱を理由に不満を漏らしているというところだろう。

結論からいえば、見送りの決断は妥当だったと思う。ただ、問題は決断に至るまでの経緯だ。そこには本当の意味で、大学入試における子供たちの混乱を回避するという姿勢がみられない。

全国高等学校長協会は9月に、民間試験活用の20年導入の延期を求める要望書を文科省に提出したが、その際、受験生の混乱を理由に同省は延期要請を拒否している。その後、民間試験活用についてはさまざまな批判が出されるようになったものの、そのままいけば政府と文科省はほぼ確実に民間試験活用を予定通り実施していただろう。経済のグローバル化に対応するためには、4技能を重視した「使える英語」への早急な転換が不可欠だからだ。

流れを変えた「身の丈発言」

その流れが変わったのが、萩生田文科相のいわゆる「身の丈発言」だ。10月24日のテレビ番組の中で萩生田文科相は、居住地域や家庭の経済力によって民間試験の受験に格差が生じるのではとの質問に対して、「裕福な家庭の子供がウオーミングアップできることがあるかもしれないが、身の丈に合わせて2回をきちんと選んで勝負して頑張ってもらえれば」と答えた。

この発言が「地方の貧乏人は身の程を知れってことか」などとネット上で非難され、地域格差、経済格差を容認する安倍政権の姿勢の表れ、と野党などから激しく批判された。

折から、萩生田文科相と同時に任命された第4次安倍改造内閣の閣僚が就任から1カ月あまりで2人も辞任に追い込まれていたこともあり、民間試験活用問題は、文科相の進退だけでなく、安倍内閣の浮沈に関わりかねない問題となった。

ところで、ここで注意しておかなければならないのは、民間試験活用が子供たちの問題ではなく、与野党の政争の道具として語られてしまったことだ。

また、文科省の言うように混乱を回避するため万全を期せば20年の実施は可能だったかもしれない。それでもぎりぎりの段階で見送りを決定したのは、予想される混乱が世論の批判に耐えられないほどの規模になると判断したからだろう。

裏を返せば、もし「身の丈発言」問題がなければ、大きな混乱が予想されたにもかかわらず、ずるずると引き返せないまま民間試験活用の20年導入は実施されていたはずだ。ここにグローバル社会の中における日本経済の生き残りのために大学入試改革などの「教育再生」を推し進める、現在の安倍政権の危うさがある。

望まれる国主体の英語資格検定の設置

萩生田文科相が11月1日に発表した「大臣メッセージ」によると、英語の民間試験活用は、新学習指導要領が適用される高校生を対象に24年から導入することとして、今後1年間かけて適切な活用方法などを検討していくとしている。

今回の一連の騒動で明らかになったのは、試験会場の設置数などで経済性を重視する民間事業者を大学入試に活用することの難しさだ。この点は、関係者全てが「身内」であり、文科省の「威光」を掲げれば多少の無理も通るという従来の教育行政の手法から脱却できなかった文科省の甘さを指摘されても仕方ない。

やはり望ましいのは、将来的に国が実施主体となって大学入試のための英語資格検定試験を創設することだろう。そうすれば、地域格差、経済格差による平等性・公平性などの懸念はなくなる。

最も大切なのは、4技能重視の英語教育への転換が求められている重要性はいささかも変化していないということを、高校をはじめとする教育関係者がもう一度再確認することだ。今回の騒動は、20年の英語民間試験活用が見送られたというだけで、「聞く、話す、読む、書く」の4技能をバランスよく身に付ける英語教育改革の趣旨が変化したわけではない。

もし仮に、学校教育の中で4技能重視による英語教育が確実に行われていれば、大学入試の一部を民間試験に頼る必要もなくなるのではないか。

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