再考 国立大学の授業料

教育新聞特任解説委員 鈴木 崇弘

日本の国際的存在感が急激に低下してきている。また、大学教育の国際的評価も急速に低下してきている。

日本は天然資源に乏しく、人的資源しかない国であると言っても過言ではない。

しかも、少子高齢化による人口減少の中、人材育成はますます重要になってきている。

人材育成の根幹である教育に関してもさまざまな側面があるが、本記事ではその中でも大学、特に大学の授業料に焦点を絞って考えてみたい。

授業料について考える

日本社会において、自宅の購入と教育費は、人生の収入においてかなりの比重を占めており、大きな重荷になっている。それに対して、海外では国によるが、大学までの授業料がほぼ無償である国も多い。

また日本では、貸与型奨学金で、卒業後の安定的な収入などを得られず、その返還が生活上大きな負担となり、支障をきたす者がいることが、度々メディアなどでも取り上げられるようになってきた。

このような中、国立大学の授業料減免制度が廃止され、代わりに、安倍政権による高等教育の修学支援制度が来年4月から開始される。

こうした状況を踏まえてであるが、より抜本的な、国立大学の授業料などの改革を提言したいと思う。

先にも述べたとおり、教育は日本にとって最重要な政策課題の一つである。本来は社会のニーズに即した教育を、初等から高等教育まで、可能ならすべて無料という選択も考えられるべきであろう。

だが、現在の日本の財政状況を考えると、それは現実には難しい選択だ。そのため税収や国、その関連組織の収入の配分をどうするかが重要になる。

国立・私立大学の授業料の推移

その観点から考えたときに、以前から気になっていたことがある。それは、国立大学と私立大学における授業料の問題である(注1)。

文科省が発表しているデータを抜粋して作成したのが次の表だ。

表:国私立大学年間授業料推移(円)(注2)

表をみればわかるように、以前は国立大学と私立大学の授業料には大きな開きがあった。このことは、家庭が子供の進学を考える場合に、特に大都市圏以外に家がある場合は大きな意味をもった。

また、家庭がそれほど裕福でない場合(あるいは以前は、多くの家庭は現在と比べて、それほどの余裕がなかったといえるのではないか)、子供がどんなに優秀でも地元の国立大学に進学したり、あるいは都市部の大学に進学する際にも国立大学に限定して進学させたりするようなケースも多かった。

ところが、上表でもわかるように、1975年には実に5倍の差であったものが、2015年には1.6倍程度の差になってきていて、近年は、公立大学および私立大学における授業料の差は非常に少なくなってきている。

進学希望者あるいはその家庭からすると、授業料で大学を選択する意味がなくなってきているともいえる。

国立大学の授業料への提言

そこで、この事実を逆手に取ってみてはどうか。

国立大学は、私立大学と同額の授業料をとり、増えた収入を、学費支援が必要な学生、貸与型奨学金で困難を抱える卒業生、さらに生活費までも提供する奨学金に活用してはどうだろう。

こうすることで、大学に進学し学ぶ意欲はあるが、家庭の経済状況などで進学が難しかったり、大学進学で財政的負担を負い、その後の人生の選択肢を狭めたり、困難を抱えてしまう方々を救済するのである。

日本社会の将来を担う人材の確保を、よりサステイナブルにする一つの方策になるのではないだろうか。

(注1)公立大学の授業料は、この表では割愛しているが、1975年度から現在に至るまで、地域外から入学者の場合の平均は、ほぼ国立大学のそれと同様であるということができる。

(注2)①年度は入学年度。②国立大学は2004年以降の額は国が示す標準額。③私立大学の2015年度の数字は2014年度のものを使用。

(城西国際大学大学院教授・日本政策学校代表)

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