教育創造研究センター所長 髙階玲治
教育課程編成と単元展開が基本
カリキュラム・マネジメントの二つの基本
各学校のカリキュラム・マネジメント(CM)はうまく行われているであろうか。
まもなく新学習指導要領の完全実施を迎えるが、そこで重視されるのは「CM力」の充実である。「CM力」とは、中教審答申(2015)の教員研修のくだりで述べているように、「子供や学校・地域の実態(中略)、育成すべき資質・能力を踏まえて教育課程をデザインして実施」するなどの「一連のカリキュラム・マネジメントする力」である。
私は、CMは学校の教育課程編成と教師個々が取り組む日常の単元展開の2つが基本だと考えている。前者は一人ではできない。校長を中心に学校組織を挙げて取り組む重要な課題である。後者はほとんど教師個々が取り組まざるを得ない、日常の授業を中心とした働きである。それは子供の指導に直接関わる。
CMを説明するとき、教育課程編成レベルのみを強調する例があるが、それと同時に重要なのは教師個々の単元編成におけるマネジメントである。特にCM力はそれが重要である。
この両者が十分に充実してこそ学校のCMがよく行われていると言えるのであるが、実のところ現状では十分とは言えないのではないか。
なぜ、そう考えるかと言えば、2019年の全国学力・学習状況調査の学校質問紙に明瞭に示されている。「指導計画の作成に当たっては、各教科等の教育内容を相互の関係で捉え、学校の教育目標を踏まえた横断的な視点で、その目標の達成に必要な教育の内容を組織的に配列していますか」の質問事項に「よくしている」は小学校34.7%、中学校は29.5%であった。つまり、全国の3分の1の学校が「よくしている」程度なのである。
さらに、毎日の授業に関わる「主体的・対話的で深い学び」に関する学校質問事項「調査対象学年の児童(生徒)に対して、前年度までに、習得・活用及び探究の学習過程を見通した指導方法の改善及び工夫をしましたか」では「よく行った」は小学校22.5%、中学校21.2%であった。教育課程編成レベルよりさらに低くなっている。
教育課程編成と単元展開のギャップ
19年時点での学校の教育課程編成の努力は「よくしている」3割程度であっても、「指導方法の改善及び工夫」が2割程度という実態は、子供の指導に十分生かされていないことを示している。
さらに疑問なのは、その「指導方法の改善及び工夫」は「習得・活用及び探究の学習過程」とされていて、10年来学習指導の基本をなしていたものである。それが20%程度とはどういうことであろうか。
ところで、学校質問紙調査は教員個々が回答するのではなく、校長らが一括回答するであろう。その結果として、学校の教育課程編成は「よくしている」と判断しても、教員全体をみると授業はまだ不十分と考えてのことであろう。あるいは、「習得・活用及び探究の学習過程」は10年来続けても、なお教師にとって極めて難しい課題であると考えられているのであろうか。
さらに、教師の多忙化から授業改善の手だてを考える暇もなく、授業をこなしているだけなのであろうか。ともあれ「よくしている」2割程度はあまりにも低い結果ではないか。
教師にとってCM力を高めることは必須の課題である。子供個々に直接関わる重要な力である。
そこでCMを教育課程編成と単元構成とに一応分けて考えてみたい。どちらもCMと呼べば混乱するので、学校の教育課程編成をハードパワーと考え、ハードCMと言うことにする。
一方、教師個々の単元展開をソフトパワーと考え、ソフトCMと言うことにする。ただし、ハードCMが実施されないと、ソフトCMが行えないということではない。むしろ、どの教師もソフトCMを積極的に行ってほしいと考える。そうであれば、学校のハードCMを待たずに個々の教師がソフトCMを試みることは大いにあり得る。
CMは2面性を持つことを明確に意識することが重要である。
学校の教育課程編成の課題
従来から教育課程編成は重要な課題であった。年間指導計画などは毎年作成し、実施してきた。それでいて、新学習指導要領では、特に難しくなったという印象がある。それはなぜか。従来にはない、新たな要素が加わったせいである。
ハードCMについて、次の説明がある。
①各教科等の教育内容を相互の関係で捉え、学校の教育目標を踏まえた教科横断的な視点で、その目標の達成に必要な教育の内容を組織的に配列していくこと
②教育内容の質の向上に向けて、子供たちの姿や地域の現状等に関する調査や各種データ等に基づき、教育課程を編成し、実施し、評価して改善を図る一連のPDCAサイクルを確立すること
③教育内容と、教育活動に必要な人的・物的資源等を、地域等の外部の資源も含めて活用しながら効果的に組み合わせること
難しいのは端的に言って「教科横断的な視点」である。従来の年間指導計画は、教科カリキュラムを中心に内容を組織的に配列してきた。それが今回は何よりも「各教科等の教育内容を相互の関係で捉え」ることが主になっている。
一方では、各教科固有の「見方・考え方」が重視されている。各教科などの内容を相互の関係で捉え、教科横断の単元を編成した結果、教科固有の「見方・考え方」はどうなるのか。
また、学習指導要領解説の「総則編」に示されていた「現代的な諸課題に関する教科等横断的な教育内容」はどのように扱うのか。つまり、「教科等横断的な視点」と言ってもハードの課題が大きいのである。特に教科担任制の中学校では難しいであろう。
次に「学校の教育目標」との関連がある。目標は、志向目標、到達目標、達成目標、重点目標など、多様にある。年間指導計画では、ぼんやりとした志向目標ではなく、全員が目指したい重点目標や達成目標を掲げるであろうが、その設定に苦労と時間がかかる場合が多い。一方では学校は目標が多すぎると言われている。スッキリした、みんなが納得する目標を設定したいが、共通認識は難しい。
さらに②に示されている「各種データ等」や「PDCAサイクル」がある。こうしたことは言うに易しいが組織的に実行するとなると極めて難しい。周知のように、学校の多忙化という厳然とした状況の中でハードCMは極めて困難なのである。
難しい状況を克服する学校の努力として、新年度に向けた学校の経営戦略が必要である。それが学校としてのハードCM力である。
学校と教委との連携と教育経営の重視
従来から学校はあれもこれも引き受けてきた。だが、今後のハードCMはますます複雑化する。学校のハードCM力には限界がある。
そこで教委の指導課などを中心に、地域の教育経営の充実の視点から、学校支援を行う体制を構築してはどうであろうか。地域の教育経営とは、個々の学校のみではなく、地域全体の教育向上を目指す総合的なマネジメントである。
例えば、さいたま市は、新学習指導要領で教科書が変わるたびに、各学校で行う年間指導計画や教科ごとの単元指導計画を作成してきた。市内が同一教科書を使用するのであるから、そのモデルをアレンジして各学校は教育課程編成や授業を実施してきたのである。さいたま市の学力が政令指定都市の中でトップ層に位置しているのは、市教委のCM支援が影響しているのではないか。
来年度の教科書採択が決まったことであるから、学校の新教育課程を支援する具体的な手だてを教委として実施すべきである。学校は4月に教科書を受け取り、極めて多忙な中で年間指導計画を作成してきたが、この「当たり前」を改めたい。
ただ、指導主事が少ない教委が当然みられる。
教科書同一採択を考えれば、おらが市町村のハードCMが欲しいところである。新年度まで数カ月あるから、地域ごとに教科の教員のエキスパートを集めておらが市町村のハードCMを作成したい。教科の単元構成は無理だが、おおまかな年間指導計画モデルは可能であろう。
実のところ、これからの教育経営は教委と学校の連携・協力が重要になる。各市町村が掲げる教育ビジョンに向かって教委と学校の共創の体制づくりが進むのではないか。
そのことでは最近、教委が積極的に学校の指導方法の支援を行う例が増えてきたという印象が強い。例えば、埼玉県戸田市の例がある(『VIEW21』2019vol.2)。
戸田市教委は、指導主事を中心に子供が主体的に取り組むプロジェクト型学習(PBL)を推進している。背景には教育改革への構想があって、大学や県教委、民間企業やEdTechなどとの連携を土台にした「新たな学びの推進」や「授業力の向上」対策がある。
それが主体的・対話的で深い学びの方法の一つとして、子供主導のPBLの推進を行う。例えば、「アクティブ・ラーニング指導用ルーブリック」がある。ルーブリックは学校や個々の教師では作成が難しい。教委が先導して作成し、それを教師が参考にして授業に生かす。
つまり、戸田市教委は個々の教師のソフトCM力の向上策まで踏み込んで提案している。これからの学校は、教委との連携、地域との協力関係など、コラボレーション機能を高めることが必然になるのではないか。大いに期待したい。
だが、学校は「ハードCM」について教委の支援を得たいが、教委が動かないことはあり得る。その場合は、従来行ってきた年間指導計画作成などの業務を学校独自に行わざるを得ない。もともと、ハードCMは学校の教育課程経営の基本である。
その場合、特に新学習指導要領の完全実施となる2020年度に向けた学校の体制づくりは新たな取り組みの視点が必要である。何よりも、学校の教育課程実施状況を把握し、新教育課程移行への課題とビジョンを明確にする必要がある。
18年度から2年間、新教育課程への移行期間であった。スムーズな移行が可能な学校体制であったかどうか。今年度の3月に統括する。それがスタートである。移行期間において、新教育課程の何が充実可能だったか、また何が課題として残されたか、を明確化する必要がある。
そこに学校のハードCM力が問われるのである。