(注目の教育時事を読む)第66回 教員免許更新制の見直し

eye-catch_1024-768_tyumoku-kyoiku_r20180426

藤川大祐千葉大学教育学部教授の視点

免許への幻想を捨て、現実的な対応を

◇更新制は教育再生会議の提案とは異なる現状に◆

本紙11月11日電子版で報じられているように、中教審教員養成部会が教員免許更新制の負担軽減を検討している。具体的には、免許更新講習を受けると各自治体が実施している現職研修の一部が免除される例が示されている。

教員免許更新制は、第一次安倍内閣時代に当時の教育再生会議が「真に意味のある教員免許更新制の導入」として提言(2007年)し、この年に導入が決まり、09年から実施されているものである。基本的に、教員免許保持者は10年に1回、更新講習(30時間、費用は3万円程度)を受けなければ教員免許が更新されないという制度である。

注意が必要なのは、教育再生会議の提言では、単に10年ごとの講習受講で免許を更新するものではなく、「厳格な修了認定とともに、分限制度の活用により、不適格教員に厳しく対応することを求めます」としていたことだ。「教員の実績や外部評価も勘案しつつ、講習の修了認定を厳格に行う仕組みとする」とも書かれていた。

免許更新制はできたものの、その実態は教育再生会議の提言とはかけ離れている。更新講習の成績に教員の実績や外部評価が勘案されることはなく、講習の理解度を問うような試験しかできないため、不適格教員に厳しく対応することには全くつながっていない。

そもそも文科省が、「更新制は不適格教員を排除することを目的としたものではありません」と明言しており、更新制は教育再生会議の提案とは異なるものになっている。

◆研修を受けられる現職に更新制は不要◇

文科省は、更新制の目的を「定期的に最新の知識技能を身に付ける」としている。だが、この目的であれば定期的に必要な研修を受けさせればよいのであり、自費で更新講習を受けさせる必要はない。

実際、都道府県教員などは教員育成指標を定め、教員が計画的に研修を受けられるようにしており、法的に義務付けられている初任者研修や十年次研修をはじめ、都道府県教委らが受講を義務付けたり推奨したりしている研修は多い。

結局、教員免許更新制は、本来研修でなされるべきことを更新講習で行う制度になってしまっている。都道府県教委などの任命権者が行う研修であれば、受講しない者や受講態度が悪い者について指導改善研修を受けさせるなどの対応が可能だが、免許更新講習の場合には低い成績をつけても免許失効につながるだけなので、当該教員の指導力の改善につなげることは難しいのである。

このように、研修を受けられる現職教員には、免許更新制は不要である。仮に免許更新制に意義があるとすれば、教職から離れている免許保持者に最新の知識技能を習得することを義務付けるという点においてであろう。

だが、この点でも、現在の免許更新制はちぐはぐである。現職教員以外の免許更新制度の受講資格者は、過去に教員経験のある者と教員として採用される見込みのある者に限られており、教員経験も採用見込みもない者は講習を受けられない。

しかも、免許更新講習の申し込みから実際に新しい免許が使えるようになるまで何カ月もかかるので、免許保持者にいきなり教員採用の話が来ても、更新が間に合わないのである。教員経験がない免許保持者にとっては、古い教員免許を更新することは非常に難しく、結果的に免許を持っていた者を教職から遠ざけることにしかなっていない。

実際、講師の慢性的な不足の要因の一つとして、免許を保持していた者が講習を受けていないことが指摘されるようになってきている。今後、更新制開始後に出された免許がどんどん失効していく。事態は深刻である。

◇廃止を提言すべきである◆

以上のように、免許更新制の意義があるとすれば、過去に教員を経験した者が最新の知識技能を習得して教員に復帰する場合に限られるのである。これだけのために、教員や教員志望者一般に免許更新を義務付けることに何の合理性もない。中教審は、負担軽減策などという中途半端な策でなく、更新制の廃止を提言すべきである。

そもそも免許制度は、免許が必要な業務にある程度の人気があり、取得や更新に一定の負担があっても免許を取りたいという人が多い状況でしか成立しないものである。

「教員いじめ」や過剰労働で教員のイメージが悪化し、教員採用試験の倍率が低下し、講師のなり手が慢性的に不足しているような現状では、更新制はもちろん免許制度自体を維持できるかどうかを心配する必要がある。

免許制度を厳格化することでよい教員が確保できるという考え方は、もはや幻想だ。むしろ、免許の有無にこだわらず、意欲のある優秀な人材を教育界に集めて仮採用し、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)を重ねつつ一定期間中に免許を取得させるくらいの大胆な策が検討されるべきだ。更新制の改善策を悠長に議論している場合ではないはずである。