PISA2018 結果をどう読むか

教育新聞特任解説委員 妹尾 昌俊

過度に反応するのも、無関心なのもどうなのか

OECD(経済協力開発機構)の、生徒の学習到達度調査(PISA)の2018年調査結果が公表された。マスコミなどはもっぱら読解力のランキング低下に注目している。

ランキング、順位はひとつの目安、参考にはなるが、これを過度に意識、重視するのは、考えものである。

第一に、日本より上位なのは、上海、香港、マカオ、シンガポールなどであるが、これらとオールジャパンと比べてどこまで意味があるかは、少し冷静に考える必要があろう。もちろん、こうした躍進している国・地域から日本が学べることもたくさんあるはずだが。

第二に、当たり前の話だが、OECDが測定しようとする「リテラシー」が唯一の物差しではない。とりわけ、読解力は、各国の文化に依存しない最大公約数的なリーディング・リテラシーを経済的な有用性の観点から評価するものだから、登場人物の心情を読み取るといったことは、おそらく試されていない。

さりとて、何も問題意識や危機感を持たないのも、極端な姿勢だと思う。読解力については、前回調査よりも平均点は有意に下がっているし、最も基礎レベルであるレベル1以下の層も多くなっている。新井紀子先生が警告している基礎的なリーディング・スキルが低い子が多いこととも、符合する。

だが、私が研修などでPISAの話題に触れても、それほど詳細を知らない、関心を寄せていない教員も多い。

問題は、読解力低下の原因が不明瞭なこと

「コンピュータ上の複数の画面から情報を取り出し、考察しながら解答する問題などで戸惑いがあったと考えられるほか、子供を取り巻く情報環境が激変する中で、文章で表された情報を的確に理解し、自分の考えの形成に生かしていけるようにすること」などに課題がある。

今回も似たようなことを言っているようだが、実はこの文章、前回PISA2015の後で、国立教育政策研究所から出されたものである。

つまり、読解力に課題があることは前回調査でもわかっていた。だが、何が原因なのか、どのような方策に効果がありそうかについて、この3年間、おそらく、それほど分析、検証できたわけではなかったのだろう。

もちろん、学力にはさまざまな要因が絡むので、分析などは簡単なことではない。

だが、あまりにもお粗末な説明は問題だ。一例として、「CBTに慣れていないから日本の生徒は苦戦した」という説明を文科省もしているが、かなり怪しい。なぜなら、前回もCBTだったので前回から下がった理由を説明するものにはおそらくならないし、前回・今回とも高得点の数学などもCBTだったのだから。

何が必要か

私見だが、ひとつの仮説としては、レベル1以下が多いのだから、読解の基礎・基本がなっていないこと、もうひとつは、複数の文書を読み比べて、相違点や矛盾点、あるいは共通点を正確に読み取るようなトレーニングが少ないという可能性だ。

PISAの公開されている問題例(モアイ像のあるイースター島にまつわる話)を見ると、この仮説に共感される方も多いと思う。

また、読解力の問題は、国語科だけの問題でない。デジタル時代に必要なリーディング・リテラシーは、社会科、技術・家庭科、情報科、総合・探究などで高めてもいいだろう。

その意味では、今回の読解力低下は、カリキュラム・マネジメントを考える上でも示唆的だ。国語だけのせいにして、「国語でもっと実用的な文書を増やすべきだ」といった、やや短絡的な政策論になってはいけないと思う。

なお、読解力で日本より高得点だったフィンランドは、生徒の学習時間(学校外を含む)が国際的にみて大変短い。「時数を増やせばよい」といった話でもないし、授業が増えると、レベル1以下の子はもっと勉強嫌いになる可能性だってある。

私たち大人の側が、PISAの結果を一喜一憂で済ませることなく、もっと読解し、考えて、施策を試行検証していくことが必要だ。

(教育研究家、学校業務改善アドバイザー)