PISA2018を巡る論調 なぜ記述式問題の議論と絡めないのか

国立教育政策研究所総括研究官 千々布 敏弥

このたびPISA2018の結果が公表された。報道の同時期に新しい大学入試共通テストにおける記述式問題への懸念と見直しに関する報道も続いた。この二つの現象を併せて考えてみたい。

まずPISA2018の結果公表において、日本は数学的リテラシーと科学的リテラシーでOECD加盟国の中でトップクラスの成績を維持した。読解力も高水準ではあるのだが、12年調査で全参加国中4位であったのが、15年調査で8位、今回15位になった。

これを新聞報道は、「読解力続落」「日本の読解力急落」などの見出しで報じている。見出しの2行目では「数学・科学は上位維持」などと記述しているが、読解力が落ちたことをセンセーショナルに取り上げる論調は変わりない。

PISA読解力調査において、日本は00年調査で8位だったのが03年調査で14位に下落し、文科省は「世界トップレベルとは言えない」と語り、報道では「PISAショック」と報じられたりした。今回も03年調査時と同様に順位が下落したため、そのような報道になっているのだろう。

PISAのデータは参加国平均が500点になるように調整されている。03年の読解力平均得点は498点であり、参加国平均以下となっているから確かに下落したといえるだろう。対して今回の得点は504点である。15年時得点の516点より下落しているのは確かであるが、平均以上であることで03年当時の文脈とは異なるはずである。

公表されている読解力の問題例は次のようなものだ。モアイ像で有名な太平洋の島を調査している研究者のブログが素材になっている。

ブログの日付は5月。問題は「研究者がこの島に来たのはいつか」。私は思わず日付の5月だろう、と考えてしまった。ブログをよく読めば「この9カ月間調査してきたモアイ像に別れを告げる」と書かれているから、5月でないことは明白だが、集中力を持って読んでいないと、つい日付の情報に惑わされる。

ブログはモアイ像建造の謎が解明されたが、また別の謎が出てきたと記している。次の問題は「別の謎とは何か」だ。

この問いの回答は記述式で求められる。採点基準は「像を運ぶために使われた道具が消えたことに言及している答え」と示され、具体例として該当文章を直接引用するもの、該当文章の一部を断片的に引用するもの、違う考えを述べながらも正確な要素を含むものなど、全て「正答」とするとしている。日本は読解力調査の中で、特にこのような記述式問題の正答率が低かった。

以上のことから、私は次の点を意識せざるを得ない。第一に、日本人は優れた側面よりもネガティブな側面に注目する傾向があること。その傾向自体は悪いとは思わないが、そこから非生産的な議論が生じるのは問題である。第二に、国際学力調査で記述式問題が普及しており、記述式採点の客観性もある程度の幅はあるであろうが担保する方法が確立されつつあること。

加えて指摘したいのは、今回のPISA調査の報道の中で大学入試共通テストにおける記述式問題を巡る議論と絡めた論調がみられなかったことだ。さらに指摘したいのは、日本の産業競争力が低下しつつあるデータがさまざまに示されているにもかかわらず(ある指標では1位から30位に下落している)、それと絡めた議論もない。

記述式問題の制度設計、読解力の低下などはそれ自体問題ではあろうが、小さな問題ばかりに拘泥して大きな問題を見過ごしがちな日本人の思考様式の方が、よほど大きな問題ではないかと思っている。