(新しい潮流にチャレンジ)21世紀の教育システムを考える

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教育創造研究センター所長 髙階玲治

OECDのシュライヒャー局長の提言

OECD調査からの学びの広がり

OECDのシュライヒャー教育・スキル局長の『教育のワールドクラス~21世紀の学校システムをつくる』(明石書店、2019)を読んだ。PISAの生みの親と言われ、それ以後、世界の国々の教育状況をつぶさに眺め、教育課題を見いだし、さらに改善策を示唆してきた局長の極めて真摯(しんし)で、説得力のある知見に触れることができた。極めて興味深い意義のある図書である。

実のところ、なぜOECDがPISAを実施するのかについて、私は当初、国際社会において人的交流が世界規模で起きることから、どの国の教育もその国固有の教育実現と同時に国際的に通用する「学力」を獲得する必要があって、そこに国際的な標準的学力を示す作業をPISAが行っているのではないか、と考えたりしていた。

実際は、PISAの影響力は強力で、わが国が「ゆとり教育」から脱却を目指す新たな教育構築への大きな指針になった。ドイツでもPISA学力の低下から教育政策を大きく変える機運が生まれていた。

そこで私などが行ったのはPISAやTALISといった、国際的なデータに基づいた比較検討を行い、そこから日本の持つ「強み」や「弱み」を見いだし、改善策を見いだすことであった。その意味で、OECDの国際比較調査は極めて活用度の高いものであった。

だが、今回の図書はこれまでの認識を大きく拡大する新たな示唆が見いだされるものであった。それは、私などのように、日本を中心にした関心事のみへの関与ではなく、局長が調査加盟国を足しげく訪問して討議などした、その結果が多く見いだされるものであった。

例えば、東日本大震災以前にも50回ほどわが国を訪問していたというが、ほぼ70カ国を訪問することで、局長の視点はそれぞれの国の微細な課題や事実に目を向けながら、さらに地球規模で課題を指摘し、教育の方向を示している。国際的な教育にこれほど精通した人物はほかにいるであろうか。そこに、この著書から得られる新たな学びがふんだんに見られるのである。

現状肯定からの脱却とワールドクラス

PISA調査やTALIS調査などから私などが読み取れない多くの課題の指摘がある。局長はそれぞれの国の教育実態が分かり、さらに統合的な視点から調査などを把握するために、さらなる課題が見えるのであろう。そこが本書の特筆すべきことの一つである。

局長は、国際的なよい事例が多くあるにもかかわらず、そこからなぜ学ばないのか、という。「PISAの結果で驚くべきことは、優れた学校や教育システムには多くの違いがあるにもかかわらず、文化的、国家的、言語的な境界を超えた共通の特色が見られる」と。そこから、「幾つかの神話を暴く」として、次の指摘を行っている。

「貧しい子供は成績が悪い。これは運命なのか」

「移民は学校のパフォーマンスを低下させるのか」

「より多くのお金を使えば教育は成功するのか」

「クラス規模が小さいほど成績がよくなるのか」

「学習時間が多いほど成績が良くなるのか」

「持って生まれた才能で教育の成功が決まるのか」

「文化的背景は教育に大きな影響を及ぼすのか」

「成績の良い生徒が将来教員になるべきか」

「能力別クラスで成績が良くなるのか」

このような課題は、「問い」の形で提示されているように十分なエビデンスはないが、それを課題として提示することの意味付けがなされている。さらに重要なことは、こうした項目の多くはどの国も触れる課題であって、提示された意味を読み取ることである。日常の教育実践につながる課題でもある。

局長の提言の基調は、「全ての生徒が学び、高い水準に達することができると信じる」という理念であると考える。そのような教育の形をワールドクラスとしてイメージしているように思える。

ワールドクラスの教育システムの特徴を示す国・地域として紹介しているのは、シンガポール、エストニア、カナダ、フィンランド、上海である。

どこも一度訪れていて親近感が湧くが、特にエストニアは人口130万人程度で、独立してまもなくでありながら優れた教育環境を保持しているのは驚きである。新しい教育を可能にする国のイメージを確立することの意味は大きいものがある。

21世紀の学校システムへの道

だが、最も困難なことは未来に向けた望ましい教育実現の革新的な展望とそれに至る確実な進展を具体化し進めることである。その困難さはそれぞれの国の政治的・社会的な課題と深く関わっているが、教育の構造そのものにも大きな課題があるとされる。教育改革を進める際に必要な課題について局長は次の要素を挙げている。

①政策立案者は、教育改革の目的に対する幅広い支持を得る必要がある

②能力開発―教育行政は改革に関する最新の知識、専門的なノウハウ、新たなタスクや責任に対する適切な取り決めを必要とする

③適切な場所での適切なガバナンス―教育制度は地域の学校から政府まで広がっていることから、それぞれの各機関などの異なるプレイヤーの役割と責任を調整し、割り当てる必要がある

④パフォーマンス・データの活用。情報の収集、管理やアクセスが容易・安価になったことでエビデンスの有効活用を進める

⑤改革に関わる全ての階層でのフィードバック体制などを初期段階から進める

⑥「政府全体」による取り組みは、教育改革をより総合的な改革にする

これらはわが国の大学入試に関する試験見送りなどでも明らかなように、貴重な視点と言えるものである。

さらに局長の提言で重要なことの1つは、国内の教育改革を支え発展させる要素として、「外部から学び、その学習成果を政策や実践に取り入れるための一貫した努力が、多くの高い成果を上げる国の共通点」と指摘している点である。

誰もが陥りそうになる自前主義を避けて、改めてPISAの及ぼす影響力を読み取ることで、さらなる豊かな教育実現を目指す必要があると考える。

なお、わが国の教育の在り方や優れた点などについて、それぞれの教育課題に応じて多様に引用しているのに驚かされる。改めてこれほどに教育に精通して人物はいないと断言できる。

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