『プリズン・サークル』と「哲学対話」(小宮山利恵子)

スタディサプリ教育AI研究所所長/東京学芸大学准教授 小宮山 利恵子

1月25日に公開された映画『プリズン・サークル』。公開直後すぐに見に行ったが、その人気から上映館が増えている。この映画の中では「対話」が多く出てくるが、これからの学びの中で、この「対話」がより重要になってくると私は考えている。

テクノロジーによって、一人一人の習熟度に合った効果的な学びができるようになる。ある学校では、数学において約半分の時間で習得できたという例も出てきている。そのようにテクノロジーによってこれまでの教科教育の時間が短縮されるとしたら、探究学習の時間が増え、また「対話」の時間が増えるだろう。

今回は同映画について紹介するとともに、これからますます注目されるであろう「対話」の重要性について考えてみたい。

TCプログラム

同映画は、2年にわたり刑務所「島根あさひ社会復帰促進センター」の受刑者たちを追ったドキュメンタリー。同センターは全国で唯一、受刑者同士の対話で更生を目指す「TC」と呼ばれるプログラムを採用している。

TCとはTherapeutic Community(回復/治療共同体)の略で、TCを受講者した人の再入率はそれ以外の約半分。更生効果が高いとされている。

ただ、映画の中では4人の若い受刑者が、対話を通じて自分の過去と向き合い、どうしたら未来を紡いでいけるかをそれぞれが考える。その場面がとても多い。そして4人の過去に共通しているのは「寂しさ」。親から愛されなかった、友達からいじめられていた、いつもひとりだった。

また彼らには「自分を全部吐き出せる場所」がなかった。対話でそれが初めてできたという受刑者もいた。「加害者は、加害者になる前に被害者だった」。人を傷つけることはダメだ。ダメだから、刑務所に入っている。ただ、受刑者の中には自分の幼少時の過去によって、その影響によって罪を犯してしまった人もいることは、心にとどめておきたい。

過去と向き合うことは、とてもつらいことでもある。私自身、父親からひどい暴力を受け、愛情を感じることができなかった。20代の頃に何かの拍子に人を傷つけたり、何かを盗んだりして少年院や刑務所に行っていたかもしれない。ただ、それは起こらなかった。理由は、母親が私をずっと見守ってくれていたからだと改めて思う。

哲学対話

「対話」といえば、先日、東京大学大学院総合文化研究科の梶谷真司先生が主催する哲学対話に参加する機会を頂いた。「哲学対話」というと難しいように聞こえるが、梶谷先生いわく「誰でもできる」。

私が参加した際のテーマは「なぜ教育はうまくいかないのか?」。たまたま教育に関するテーマだったが、どのようなテーマでも哲学対話で実施できるとのこと。15人ほどが円になって、最初、梶谷先生からこれまでの教育の概要について説明があり、その後対話が始まる。

その際のルールは8つ。①何を言ってもいい②人の言うことに対して否定的な態度をとらない③発言せず、ただ聞いているだけでもいい④お互いに問いかけるようにする⑤知識ではなく、自分の経験に即して話す⑥話がまとまらなくてもいい⑦意見が変わってもいい⑧分からなくなってもいい。

ただ聞いているだけでもいい、というのは参加へのハードルを下げる。人の話をじっと聞いているだけでも多くの学びがある。また、知識ではなく自分の経験に即して話す必要があることから、もともと持っている知識量に発言が左右されない。専門家もそうでない人もフラットな関係で話ができる。

話したくなった時には「コミュニティーボール」を使い、ボールを持っている人だけが話す。発言したい人は手を挙げて、ボールを受け取って話すことになる。話し終わったら、手を挙げている人の中から選んでボールを渡す。一部の人だけでボールが回らないように気遣いが必要だ。

当日は2時間があっという間だった。対話後、私の中にはモヤモヤするものが残った。なぜなら、最後に意見を整理しないからだ。対話して、おのおのの考えや感想を聞いて時間がきたら終了。日々、頭のどこかで効率性や実行性を考えている私にとっては、とても刺激的で興味深い時間だった。

忙しい時間を過ごしていると、誰かと対話する時間、自分の内なる心と対話する時間が取りにくい。変化のスピードの速い社会でこそ、時間を確保して対話することで自分を省みる機会となり、他者を思いやれる余裕ができる。

梶谷先生の哲学対話に参加させていただき、この対話は生きていく上で必要な学び、例えば性教育、金融教育、政治教育、起業家教育などにも生かせるのではないかと考えている。

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