標準時数と学習内容は今のままでいいのか(渡辺敦司)

教育ジャーナリスト 渡辺 敦司

中央教育審議会初等中等教育分科会の教育課程部会が、標準授業時数の在り方の検討を始めた。2月10日付教育新聞電子版Edubate(読者投票)の「標準授業時数は多い? 少ない?」では、「多い」との回答が83%と圧倒。コメント欄からも多忙化に追われる教員からの悲鳴が上がっている。標準時数もそうだが、一部コメントにもある通り学習内容にも踏み込む必要はないだろうか。

唐突だった「最低基準」

若い教員にとっては標準時数を下回ることなど、とても考えられないことだろう。しかしベテラン層なら、一昔前は誰も問題にしなかったことを覚えているはずだ。

授業時数を巡る大きな転換は、2002年度からの改訂学習指導要領(98年告示)の小中同時全面実施と学校完全週5日制移行を前にして巻き起こった「ゆとり教育批判」がきっかけだった。

この時、文科省は指導要領が「最低基準」だという考え方を唐突に打ち出した。標準時数を下回ることは考えられないとする一方、標準を上回って授業を行ったり、指導要領に示されていない内容を扱ったりすることも容認するためだった。

03年には初の指導要領一部改正に乗り出し、指導要領の「基準性」を明確化する。個に応じた指導の例示として、補充的学習や発展的学習も追加された。

多忙化にも拍車

この間、各自治体や学校では学力向上対策に取り組む中で、標準を上回る時数確保の動きが広がっていく。教科横断で厳格な時数管理を行う、涙ぐましい努力が行われた。

結果的に、標準より週2コマ分も上回って授業を計画する学校が珍しくないような過剰な状態が常態化してしまった。これが絶対評価から「目標に準拠した評価」への転換と相まって、今に至る学校の多忙化を決定付けた印象がある。

一方、文科省は19年3月、18年度教育課程編成・実施状況調査結果と中教審「学校の働き方改革」答申(同1月)を受けて、標準時数を大きく上回る時数を見直すよう通知した。

一時は学力向上のために授業時数の増加を促しながら、今は縮減を求める。矛盾しているとのそしりは免れない。

実質増の新指導要領

新学習指導要領の改訂論議では、早々に「学習内容の削減を行うことは適当ではない」と宣言してしまった。他方、小学校英語はもとより統計教育や情報教育、主権者教育など実質的な内容増となっている。

教育課程部会では教員1人当たりの持ち授業時間数を見直したり、EdTech(エドテック)の活用などによる授業の効率化を目指したりすることが議論された。

しかし、これ以上の「授業の質の向上」によって指導要領の「標準」を全部こなすのは限界に来ているのではないか。

今回の改訂では、教科等を横断した資質・能力(コンピテンシー)の三つの柱が示された。しかしコンテンツ(学習内容)ベースから転換したのかどうかさえ、いまだ明確ではない。現行指導要領で示された「習得・活用・探究」の方針も維持されたままだ。

カリマネ頼みにも限界

現状でも「教科書をこなすだけで精いっぱい」との声は、あちこちで聞かれる。新教育課程では何でもかんでも「カリキュラム・マネジメント」頼みにする向きもあるが、現場任せの対応には限界もあろう。

折しも政府は27日、全校に3月2日から春休みまでの臨時休業を要請した。感染症や自然災害どころか、政府の方針一つで何が起こるか分からない事態になっている。

標準時数や学習内容の扱いも含めて指導要領の基準性を見直さなければ、現場が持たないところまで来ているのではないか。


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