休校でも再開でも 試される時間の使い道(妹尾昌俊)

教育研究家・学校業務改善アドバイザー 妹尾 昌俊

学習の遅れよりも、もっと心配なこと

新型コロナウイルスが猛威を振るうなか、この新学期は、予定通りスタートできたところもあれば、入学式と始業式のみ簡略に行い、休校(臨時休業)になったところもある。新学期が始まる前日にバタバタと方針が変わった地域もあったそうだ。

休校にせよ、再開にせよ、子供たちの心のケアが心配だ。休校の場合、3月も合わせると2カ月近くも自宅にいることになるが、児童虐待が増加しているのではないかということや、保護者のストレスのはけ口として子供に悪影響が出ているとも言われている。

休校の影響としては、学習の遅れや家庭の教育力などによる格差の拡大も懸念されるが、それ以上に、子供たちのつながりが薄くなっていることを、私は心配している。子供同士(友達関係など)のつながり、教職員と児童生徒とのつながり、子供と社会とのつながりが弱くなっている。大人だって、「2カ月の間、基本は自宅で過ごしてください。スマホは取り上げます」という状態だったら、たぶんかなり精神的にキツイのではないだろうか。家庭にもよるが、子供にも相当のストレスがかかっている。

一方、再開した学校では、子供たちも、自身や友達が感染しないか、不安なまま登校していることだろう。小学校では新しい学習指導要領がスタートして、主体的で対話的な学びにしようとしているところだが、マスクをしてなるべく近くで話さないように、となっている教室もあろう。悩ましい問題だ。

時間の優先順位が付けられない?

私は、全国各地で、教職員が一生懸命子供たちのことを考えているだろうとは思っているが、ひっかかることもある。

具体的にお話ししたほうがわかりやすいと思うが、例えば、3月の全国的な休校の中、先生たちは何をした、何ができただろうか?

宿題プリントや問題集を渡した。健康観察カードを配った。OK。でも、もっとやるべきことはあったのではないだろうか。

私は、ある小学校の副校長から「休校になって、先生方は例年なくじっくり通知表の所見作成に取り組めたようでした。いつもなら、土日つぶして書いているところでした」ということを聞いたとき、「やっぱりそうか」と思った。時間の使い方、優先順位付けがあまり考えられていないのではないか、と感じたのだ。

通知表の所見作成が大事ではない、と言いたいのではない。だが、多大な時間をかけるほど優先度の高いことには私には思えない。というのも、おそらく多くの場合、児童生徒も保護者も、2~3分、一度読んで終わりのものだからだ。それに、児童生徒の課題や改善点を伝えるなら、通知表よりも面談などのほうが効果的だろう。

やるべきことを5つ呼びかけたい

私が仮に校長なら、せっかく授業や部活動がなくなり、多少でも先生たちに時間的なゆとりができたのであれば、次のことに時間を振り向けるよう呼びかける。

第一に、自宅にこもりがちな子供たちのケア。心配な家庭へ時々電話連絡などを入れる。

第二に、児童生徒の好奇心や学ぶ意欲がなるべく高まるような課題の作成と多少のフォローアップ。(本当はウェブ会議でできると早いが、できない場合は電話で様子を聞いて多少のアドバイスを行う)

第三に、教材研究、新学期の授業準備。

第四に、休校が延びることも想定したうえでの保護者や児童生徒との連絡、情報共有手段の確認と開発。

第五に、自己研鑽(けんさん)や研修。

もちろん、学校の状況や児童生徒の様子によっても、やるべきことや優先順位は変わるので、一概にこうとは言えない。校種によっても当然違う。だが、例えば、上記の5点と比べて、通知表の所見書きのほうが上位に来るとは、私は思わない。

異論歓迎だ。だが、私が本稿で伝えたいことは次のことだ。

休校にせよ、学校再開にせよ、新型コロナウイルス感染症の感染拡大のなか、児童生徒へのケアや学習進度について、例年よりも難易度が上がっている。教職員の時間の使い方は、より一層工夫や優先順位付け、言い換えれば、あまり時間をかけなくていいことにはかけないことが重要となる。


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