オンライン授業 求められる対面授業の改革(斎藤剛史)

教育ジャーナリスト 斎藤 剛史

新型コロナウイルスの感染拡大を防止するための休校が長引いている。恐らく、多くの学校が5月末までは休校を強いられるだろう。いや、もっと長くなる可能性もある。オンラインによる遠隔授業の導入は、新型ウイルスが収束するかしないかにかかわらず、もう不可避だ。これによって学校の在り方自体が変わるかもしれない。今後、学校や教員が考えるべきことは何か。

かつての学校はもう戻ってこない

東日本大震災の際、復興という言葉の意味が議論された。それによると、完全に元に戻るのは「復旧」であり、「復興」は全く別の新しい世界を目指すことだという。現在、学校関係者の多くは、新型ウイルスの収束による「復旧」を願っているのではないか。

しかし、新型ウイルスの感染拡大が収まった、あるいは治療薬が開発されとしても、新型ウイルスの脅威が終わるわけではない。感染拡大はまたいつ起こるか分からないし、治療薬は感染症の重症化を防ぐものにすぎないからだ。有効なワクチンが開発されない限り(ただし、ウイルスは変異してワクチン耐性を持つ)、学校が再開されたとしても、新型コロナウイルスの脅威は残る。つまり学校は、新型ウイルス感染のリスク軽減に向けた努力をこれからも求められることに変わりはない。

加えて、社会や保護者の意識も完全に変わってしまった。子供たちを教室という「密閉」空間に、「密集」させて一斉授業をし、子供同士や教員が「密接」な距離で活動するという、かつての学校はもう戻ってこないという覚悟をする必要がある。だが、これは日本の学校の在り方、教員の働き方を大きく変えていくチャンスでもある。

教員全員はICT化から逃れられない

学校の働き方改革は、他の論者に譲るとして、ここでは急速に進みつつあるオンラインによる遠隔教育について考えてみたい。新型ウイルス対応で文部科学省が、オンライン授業の単位制限の上限を緩和したため、多くの大学で遠隔授業が始まりつつある。このため、大学教員らは4月中のほとんどの時間をオンライン授業の準備に追われ悲鳴を上げているという。

一方、高校以下の学校では、設備整備の遅れもあり、まだまだオンライン授業に対する教員の反応は鈍い。一部のモデル校や研究指定校の出来事と思っている教員も少なくないはずだが、これを批判しても仕方ない。なぜなら、教員は「対面授業」を前提として養成され、現場で実践を積んできたからだ。ほとんどの教員は、オンライン授業に対する知識や経験を持っていない。

政府は、4月30日に国会で成立した2020年度補正予算にGIGAスクール構想前倒しのための経費を盛り込んだ。本来、2023年度までに小中学校で「1人1台」の情報端末機器を整備する計画だったが、これを2020年度に繰り上げた。実際は、タブレットなどの供給量の関係で、2020年度中に全ての小中学校に「1人1台」を整備することは困難だが、教員全員がICT化の波から逃れられなくなる日は確実にやってくる。

学校や教員の仕事 知識の活用や思考力の育成

ここで学校や教員は何をすべきか。オンライン授業に向けた研修(もちろんオンライン研修)は無駄とはいわないが、やらないよりやった方がよいという程度だろう。最低限必要な基本操作だけ確実に習得すればよいと思う。教育のICT化は、あくまで「教育」をよくするために、「技術」を活用することが目的だ。オンライン授業のICT技術に教育が振り回されるのは本末転倒といえる。オンライン授業の環境整備やコンテンツ作成は、最初のうちは民間企業や専門家に任せればよい。

では、学校や教員がやるべきことは何か。それは、通常の対面授業の改革だ。一部でオンライン授業を取り入れながら、残りの対面授業の内容や指導方法が従来通りでよいはずがない。基本的な知識はオンライン授業で教える。教員による対面授業は、知識の活用や子供同士の協働による思考力やコミュニケーション力の育成を中心とするものに変えていくべきだ。

授業では、同じ内容を教えても相手や状況により全く別の結果が生まれる。それが教員にとって授業の醍醐味(だいごみ)でもあるといえる。その貴重な対面授業の場面を惰性的に従来通りのやり方で済ませるのはもったいない。オンライン授業によって、変わるべきはオフライン授業の方なのだ。


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