GIGAスクール構想 何のための「前倒し」か(渡辺敦司)

教育ジャーナリスト 渡辺 敦司

政府の2020年度補正予算案に、1人1台端末の整備などを掲げる「GIGAスクール構想」関連として2292億円が計上された。これにより当初予定(23年度まで)を大幅に前倒しし、今年度中の小中学校100%実現を可能な限り目指すという。この異例とも思える展開を、どう受け止めるべきだろうか。

予算化遅れた責任は

背景に、新型コロナウイルス感染症に伴う休校続きがあることは言うまでもない。昨年度末と合わせると約2カ月間、教育活動が停止している学校が少なくない中、オンライン学習で授業を補おうとする教育委員会や学校の存在がクローズアップされてきた。

改めて顕在化したのが、ICT(情報通信技術)環境整備の学校・自治体間格差だ。公立学校の教育用コンピューター1台当たりの児童生徒数は都道府県平均で1.9人から5.6人までの開きがある。

これだけ自治体間格差が開いたのは、整備費が地方交付税で措置されているにもかかわらず、自治体で予算化が進まなかったからだ。他の学校教材で、これほど予算化がサボタージュされてきた品目があるだろうか。

そうした格差を国主導で一気に解消しようというのだから、決して悪い話ではない。

文科省主導ではなく

ただ、構想が文科省主導で実現したものではなかったのは気に掛かる。

GIGA構想は、「安心と成長の未来を拓(ひら)く総合経済対策」(19年度補正)、「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策パッケージ」(20年度補正)の一環として、他省庁の事項とともに掲げられている。つまり経済対策に位置付けられることで、推進が実現したわけだ。

ありていに言えば、EdTech(エドテック)を主導したい経済産業省が官邸を通して実現させた色彩が濃い。文科省の論理で言えば、国と地方の役割分担の見直しで一般財源化されたものを国費に戻せとは言いづらい。そこを逆手に取られた格好だ。

あえて繰り返すが、どんな動機であっても整備が一気に進むことは決して悪いことではない。

教育の論理はあるか

気になるというのは、省庁間の縄張り争いではない。それが本当に「教育」のために行われるかどうかだ。

4月3日の政府「未来投資会議」では、議事の一つが「学校現場におけるオーダーメイド型教育(ギガ・スクール)」だった。論点メモには「先端技術の活用(例:AIドリル)により個別最適化した学びが可能となることを踏まえ、各教科ごとの標準的な年間の授業時間にかかわらず、特定科目の授業時間を柔軟に増減できるよう、検討を進めるべきではないか」とある。

確かに「個別最適化」や標準時数は、中央教育審議会でも初等中等教育の在り方として議論している。しかしAI(人工知能)ドリルがあるから時数を柔軟にできる、というのは安易すぎる。

教育条件整備が進み、学校現場にとって使い勝手のよい機器が充実するなら大歓迎だ。しかし問題は、そこに「教育の論理」があるかどうかだ。

何のための構想か

2月3日に開催された国立教育政策研究所(国研)のシンポジウムで事例紹介に立った米ミネルバ大学のケン・ロス氏の演題は「エデュケーション・ファースト、テクノロジー・セカンド」だった。国研の研究官は別のシンポで「ペダゴジー・ファースト」と言い換えていた。言いえて妙だ。

あくまでGIGAスクール構想は、対面の授業を補強してくれるエデュケーション・ファーストでなければならないだろう。間違ってもテクノロジー・ファースト、ないしノー・ペダゴジーであってはならない。


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