履修を急ぐな 分散登校は慣らし運転から始めよう(中原淳)

立教大学教授 中原 淳

全国で緊急事態宣言が解除され、各地の学校では分散登校からの学校再開が進んでいる。恐らく多くの教員が、3月初頭から始まった休校期間によって生じている「授業の遅れ」を取り戻すために、夏休みを短縮するなどの授業計画を立てていることと思う。校内の消毒作業や、教室環境の整備など、本当に大変な作業を進めておられると思う。1人の親として心より感謝する。

しかし一方で、学校再開後の子供たちの様子を考えるとき、これまでの長期休み明けとは状況が全く違うということを留意しておきたい。履修を急げば、子供たちと学校との間の溝をさらに深めることにつながるリスクがあると筆者は考えている。

コロナ休校が子供の心に及ぼした影響

恐らく、今、子供たちの心には「不安」と「虚無感」がある。新型コロナウイルスの感染拡大によって突如始まった一斉休校は、子供たちの日常と子供同士のつながりを奪った。卒業式や入学式さえ中止となり、命を守るために家にいなければいけないという事態は、子供たちだけでなく保護者にとっても生まれて初めてのことであろう。

しかも、多くの公立学校ではICT環境の整備が遅れているため、休校期間中の子供たちや家庭とのコミュニケーションは月1回程度の電話、ないしは週1回の連絡登校で行う5分程度の会話に限定されていた。子供たちは、自宅という非常に限られた空間の中で、家族以外とのコミュニケーションの機会がないまま、出口の見えないトンネルをさまよう不安な日々を過ごしていたのではないだろうか。

もちろん、こうなったこと自体は学校の責任ではない。だが、ある日突然、何の前触れもなく学校から連絡がきて、何事もなかったかのように性急に詰め込み型授業を始めていくのは、ドロップアウトを生みかねない。子供たちには「慣らし運転」の期間が必要だ。

学校は子供たちに生活リズムを与えていた

筆者はこのコロナ休校を経験し、学校は勉強を教えるためだけの場ではなかったことを、改めて痛感した。筆者の研究室で実施した首都圏の高校生約760人を対象にしたアンケート調査によると、スマホ・タブレットの利用が1日に2時間以上増加したと答える高校生は6割を超え、睡眠時間が2時間以上増加したという生徒は全体の1/3に上った。コロナ休校期間中に、子供たちの生活リズムが大きく乱れていることが分かる。学校は子供たちの生活リズムそのものだった。

学習リズムはどうかというと、4月時点で1日の平均学習時間が30分以下であった子供たちは約3割。このようにほとんど勉強しなくなった子供たちとは対照的に、塾などの習い事をしている層では塾の授業が早々にオンラインに切り替わっているので、それなりの学習時間が確保されていたようだ。

習い事が提供するリアルタイム双方向の授業を受けていた子供たちと、社会とのつながりが断絶された家で孤独に過ごしていた子供とでは、学習進捗(しんちょく)だけでなくさまざまな格差が生じている可能性が極めて高い。孤独な日々を過ごす中で、メンタルがしんどい状況に陥っている子供もきっといるだろう。新学年に上がり、担任教師も、学級もリセットされてしまった子供は、新たな環境適応に時間もかかる。

授業を始める前にケアすべきこと

とはいえ、学校再開の見通しが見えてきたときに、われわれ教員は「どうやって遅れた授業を取り戻すか」ということに意識が向きがちである。筆者も一教師として、その気持ちはよく分かる。しかし、現在の子供たちの状況を想像すると、「今から夏休みを削って詰め込めば、秋には遅れを取り戻せるかも」といった算段で進めていくのは、非常に危険であると感じる。教師は「履修」を問題にするが、子供はその「はるか手前」にいることもありえる。子供たちの状況を見極め、教師と子供の信頼関係や学級の信頼関係をまずは樹立することから始めたほうがいい。

そもそも子供たちの多くは、生活リズムや学習リズムが狂っている状態にあるので、履修を急いでも効果は上がらないだろうし、遅れた分の勉強を詰め込もうとする学校の姿勢に、子供たちはきっと敏感に反応するだろう。授業を進めることを急げば、学級崩壊を招きかねないと予想している。「学ぶこと」を本格化させる前に、「学ぶことの準備」に時間をかけるべきだと思う。

心のケアにもICTの活用が鍵となる

子供たちの心のケアを最優先していくにあたり、やはりICTの活用は重要だ。分散登校期間中はもちろんのこと、コロナの第二波への備えとしても、ICTを効果的に活用していくことで、子供たちの心のケアと学びの保障を両立させていくことができるのではないかと筆者は考えている。

withコロナの期間において、教室でのリアル対面の時間は有限である。教えるべきことには枝葉と幹があるはずなので、それらをしっかりと見極めた上で、リアル対面でやるべきことは何かを熟考していく必要があるだろう。動画で配信すれば済むもの、プリントなど自学自習で進められるものなどを整理し、オンラインとオフラインのハイブリッド・ラーニングを前提に考えていくことは、もはや必須である。再びの一斉休校がいつ始まるとも分からない状況だ。学校再開後は、まず子供たちの心のケアと信頼関係の回復を一番の優先順位としていただきたいと願う。

第二波第三波は必ずやってくる。そのときに備え、「学びを再び止めない」ためのオンライン環境、ICT環境を整備していくことは喫緊の課題である。学びを再び止めない。現在は、そのためのつかの間の猶予期間だと思う。


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