コロナ禍の学び 平時からのICT活用が大切(中原淳)

立教大学教授 中原 淳

感染対策 インタラクションが生まれない

コロナウイルスは、人と人との接触によって感染を広げるので、対策としては、接触をなるべく減らすしかない。学校という集団生活の中では、それはとても困難なことだ。特に、しゃべってはいけないというのは厳しい。コミュニケーションを取れず、クラスメート同士で仲良くなることや、信頼関係を築くことさえ、難しくなってしまう。

学びの場面でも、対面で濃密なやりとりができないというのは致命的。インタラクション(相互作用)が生まれない。コロナ禍というのは、放っておくと「アクティブ・ラーニング殺し」につながってしまうものだ。感染防止に取り組むことで教室内で会話ができなくなり、どうしてもインタラクションを制約する方向に働いてしまうので、どこかで代わりになるものを確保しなくてはいけない。

バーバル(話し言葉)という自然な行為を取り上げられた状況で、人とのつながり、コミュニケーションを確保しようとすれば、文字を書いて見せ合うサイレント・ダイアログにするなどの方法もありうる。

最有力はICTを活用したオンライン授業

最有力なのは、ICTを活用したオンライン授業だ。非接触なので、根本的な解決につながる。もちろん、即、双方向・リアルタイムのオンライン授業をやれ、ということではない。電子掲示板を用いて、相互の考えをシェアしたり、社会の人々に授業参加してもらったりできる。そうした機会を平時から持っておくことが重要だ。もちろん、例えば、小学校1年生にオンラインと言っても何をどうすればいいのか、ということになるから、万能なわけではない。

緊急事態が生じた場合には、低学年の子供には親が協力するようにして朝のホームルームだけはオンラインで実施するとか、打開策はいろいろ考えられる。中高生なら使い方をきちんと指導すれば、オンラインでがんがんやりとりができるようになるはずだ。

最近、筆者が問題だと思っていることは、学校再開がきっかけとなり、ICTを活用する取り組みが二の次になってしまっている組織もあることだ。活用の議論も下火になってきている。

しかし、学校が一時的に再開したからと言って、ICT活用が不要になったわけではない。おそらく感染拡大は長期的に継続される。第2波、第3波は、来る。こういう状況だからこそ、平時からもっとオンラインを利用するほうがいい。

特に、インタラクションを含む部分については、あえてオンラインでやるとか、ノートを共有するとか、そういうことに取り組んでいってほしい。それは感染防止にもつながるし、今後また臨時休校するような緊急事態に陥ったときの備えにもなる。

授業オープン化の障壁 超えてしまえば空気になる

時空間を隔てた学びを突き詰めていくと、不登校の問題も改善していくはずだ。不登校の子供たちには、学習意欲がないわけではない。学校には行けなくても、学びたいと思っている。

オンラインで接続することで、全員とは言わないが、学習に参加できる子供たちはたくさん出てくる。特に不登校支援というのを目標にしなくてもいいのだが、結果として救われる子供たちがたくさんいることも視野に入れておいてほしい。これからの教育現場では、オンラインとオフラインを併用していくのが一番いいのである。

ICT化の課題として、授業がオープンになることを懸念する声も聞こえてくる。つまり、オンラインで授業をしたら、家庭ではそれをお父さんお母さんが見ていたり聞いていたりする。それは困るというのだ。先生が質問にうまく答えられなかったりすることもあるだろうから、それを公開されるのは嫌だなと思う教員が一定数いることは想像に難くない。

だが、大学や学習塾のオンライン授業ではもう普通にそういうことが起こっている。確かに最初は「大丈夫かな」と心配になるかもしれない。以前に学校社会が「学級王国」とやゆされたことがあった。教員と子供には絶対的な権力勾配があって、しかも誰からも見えないブラックボックスになっている。そういう構造に甘んじていたような先生は、オンライン化は困るかもしれない。

でも、最初のハードルをいかに越えるかということなのだ。なんでもそうだが、超えてしまえば、障壁だと思っていたことは空気になる。ほんの半年前まで「Zoom」なんかで何ができるのかと思われていたのに、いまではもう空気のような存在になっているように、ハードルを越えたら、あっという間に当然のことになるはずだ。

また感染者が増えている中、例えば、保護者が朝から微熱があって……というときにどうするか。子供を学校にやってもいいのか。学習機会を保障するためにも、オンラインという手段を確保しておくべきだ。いま、ICT活用の基盤を整える手を止めてはいけない。


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