学びの保障とアップデート 楽観的な現実主義者であれ(中原淳)

立教大学教授 中原 淳

パンデミックは加速している

私たちはどういう時代を生きているのか。コロナ禍の中で、時代認識が問われている。まずコロナ対策は、「短距離走」ではなく「長距離走」になることを覚悟すべきである。

毎日ジョンズ・ホプキンス大学の統計データをチェックしているが、パンデミックは、世界規模では終息するどころかまだ加速している。ワクチンの開発も進められているとはいえ、あと2年ほどは何らかの影響が残るだろう。2022年当たりをめどに事業継続計画を立てている企業も少なくない。

ウイルスは感染しても、高齢者などを除けば、直ちに死亡の「危機」につながるわけではない。よって多くの人々にとって、これは「リスク」であって「危機」ではない。これがこの感染症の事業継続を思考する上での難しさだ。リスクをどのように見積もるかで、組織の未来が変わる。そして、このリスクの見積もりほど、人によって格差が生じるものはない。

一般に、教育業界の、コロナの影響に対する、これまでの認識は甘すぎると思われる。人はすぐに「確証バイアス」に陥るもの。つまり自分にとって都合の良いデータだけを見てしまう。例えば、多くの教育関係者は、2月から3月にかけては「どうせ4月には元通りの授業に戻る」と思っていた。それで対策を取らないところもあった。安易な観測が行動を妨げたといえる。

感染が再拡大して再び緊急事態宣言ということもあり得るが、現実味のあるシナリオを考えると、これから2年ほど、どこかで火がついては「くすぶる」という事態を繰り返すことになるだろう。完全な消火は、もしかすると存在しないかもしれない。

日本のどこかで、地域ごと、学校ごとに教育中断が起こる可能性がある。明日はあなたの学校、あなたの教室かもしれない。それでも二度と学びを止めてはならない。

学校を止める重みを理解してほしい

誤解してはいけないのは「学びの保障=オンライン授業」ではないということ。学校が子供たちに提供しているのは、健康の保障、つながりの保障、教育の保障の三つ。生活リズムを保つことが健康につながり、精神も安定する。それから子供同士、教師と子供とのつながりによって見守られている安心感を得られる。授業をして学習を促すことだけが学校の役割ではない。そういう視点で「学び」を捉えないといけない。

立教大学中原淳研究室では、学校教育の中断が起きた直後から、現場の声やデータを集めて、子供たちに何が起きたかを調査してきた。その中で、学校が果たしてきた諸機能がはっきり示された。

首都圏の高校生への調査では、生活リズムが崩れたという回答が65%にも上った。スマホと睡眠に充てる時間が平均2時間以上も増え、全体の4割が1日の勉強時間が30分以下と答えた。30分以下は勉強していないに等しい。また、周囲に相談相手のいない子供が身体の不調を訴えるケースが増えた。休校は子供たちの健康を脅かしていた。

教育の中断によって、子供たちが健康を害し、つながりを失い、学習機会を減らすことは、短期的なリスクになるだけではない。中長期的には社会にとんでもない不利益をもたらす。

世界銀行は、5カ月の学校閉鎖がもたらす学力等の低下によって、子供たちの生涯年収が1060兆円も減少すると試算している。学校に通えないことで、社会にそれだけの損害がでる。学校を止めるということの重みを理解してほしい。仕方がないでは済まされない。

「働き方の激変」が教育機関に影響を与える

今後のことを考えるために、対応すべき変化がコロナ禍だけによってもたらされたのではないということも理解しておくべきだ。ジョブ型の雇用や成果主義の導入といった働く世界の変化はコロナ以前から始まっていた。それがコロナによって超加速しているのが実情だ。変化のスピードに合わせて、学びをアップデートしないと取り残されてしまう。

教育機関に大きく影響を与えるのは、教育機関の「出口」にある「働き方の激変」だ。緊急事態宣言を受けて、東京都では49.1%の事業所が在宅勤務を導入した。大企業に限れば7~8割が活用していて、半数以上がリモートワークを続けたいと言っている。なぜなら企業にもメリットがあるから。都心のオフィスを返上するだけで固定費が削減できる。すでにオフィスの空室率は上昇してきている。

もちろんエッセンシャルワーカーも含めて職業を十把ひとからげにはできないが、週3回はオフィスで週2回はリモートといった「ハイブリッドワーク」が定着していくだろう。人手不足の問題や地方への移住という問題ともリンクして、変化はさらに進むはずだ。

雇用は厳しくなる。海外とのサプライチェーンは切れてしまい、簡単には戻らない。巣ごもりに慣れた人が、「はい、OK」と言われて飛行機にガンガン乗るだろうか。本当に重要な会議以外はリモートでいいと、多くの人が学んでしまっている。業種によってはリストラも進むはずだ。特に定型的作業の多い事務職と製造業の現場職を中心に、自動化・機械化が進み、求人は減る。

人材に求められる能力も変わってきた

そんな中で、人材に求められる能力も変わってきている。先日、新聞社の取材を受けた際、企業経営者が、通訳者についてこんなことを言っていたのだという。「どんなに通訳としての能力が高くても、ITの運用面に不安がある人には仕事を頼みにくい」。

自宅から参加するリモート会議では、通信トラブルなどに1人で対処する能力が必要になる。通訳といえば言語技術が一番のはずだが、ITが使えないと仕事ができない。コロナが「優秀な人」の定義を変えてしまった。人材業界でいえば、デジタルに対応できない研修講師には、仕事は激減している。研修講師とは「教える人」ではなく「デジタルでも教えられる人」に変わった。

今年は、就活も新入社員教育もほぼ全てオンラインで行われた。就活では一次面接の95.6%、最終面接でも59.6%がオンライン面接だった。2021年以降もこの傾向が続くのは間違いない。

教育機関ではこれまで「ITは文房具」という言い方をしてきた。「高価な文房具は子供に必要ない」という人までいた。でも、その認識もメタファーも、もはや通じない。これからは「ITは生命線」と言うべきだ。ITは海に潜るときの空気ボンベと同じといっていい。持たなかったら冒険ひとつできない。生きられない。ぜひその感覚を共有してほしい。

就活だけに限らない。実社会でいま必要とされているのは、オンラインでコミュニケーションを取りながら、チームで問題解決ができる能力だ。

ウイルスとは長期戦になると腹をくくって、学びの保障に取り組む。休校してしまう事態も想定して、できるだけの準備をする。そうしながら、働く世界の変化に合わせて学びをアップデートする。それが、いま教育の現場で私たちが取り組まなければならないことだ。難しいことではあるが、希望は失ってはいけない。

不確実なものや答えのない事態に耐える能力を「ネガティブ・ケイパビリティ」と言うが、その力がすごく大事になるだろう。冷静に事態を見つめながら、希望は失わないで前に進もう。楽観的な現実主義者でありたい。


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