戦後75年の節目 平和を願う心をつなぎたい(寺崎千秋)

教育新聞論説委員 寺崎 千秋

戦争の記憶を継承する

今年は戦後75年の節目の年。新聞をはじめマスコミで節目にふさわしい記事やニュースなどが多く報道されていた。特に目を引いたのが、戦争の悲劇や悲惨の記憶とその伝承に関する危機感であった。人々の記憶の薄れ、伝承する語り部の高齢化などである。

この節目を機会に、改めて戦争の悲劇や悲惨の記憶の伝承、平和の尊さとこれを守ることの大切さを社会の中で継承していくことが重要であり、学校教育はその出発点となり継続の推進を担うことを考えてみるべきではないか。

一人一人が自覚し伝え、語り合う

8月15日の戦没者追悼式において、大島理森衆議院議長は「戦争を直接体験された方々から学び、過去を省みて、未来へ永く語り継いでいくことは、再び戦争の悲惨を繰り返さないためにも、極めて重要であります」と述べた。

また、山東昭子参議院議長は「私たちは、先の大戦の経験に直接触れ、皆で歴史を語り合い、平和の尊さを次世代に伝承していく努力が必要と考えます」と述べた。さらに遺族代表の杉山英夫さんは「戦争の悲惨さと恐怖、平和の尊さ、ありがたさを、万世にわたり語り続け、継承してまいらなければならない」と話した。

三者が訴えるように戦争の悲惨さ、平和の尊さを体験者に委ねるだけでなく、皆が、一人一人が何らかの形で自覚し認識して、他に伝えたり、語り合ったりしていくことが今こそ必要になっている。

学校において聞くことから始めよう

戦争体験者、空襲などの被害の体験者、原爆の被爆経験者らが90歳を越えて語り部としての活動が難しくなってきた。戦争の記憶を伝える資料館や遺跡を守る人々が高齢化し継承できなくなっている。各地で記憶を残すことに努める遺族会が高齢化で解散している。

一方で戦後生まれが人口の8割を超えている。もはや、体験者ばかりに頼るのではなく、これまで継承してきた人々から受け継いで、戦後生まれの人々や次世代の青少年が自ら継承していくように取り組むことが必要な状況になっている。

事実、若い人々の中には祖父母の戦争の記憶を聞いて育ち、それを伝えることを始める人もいる。戦時下の記憶を1年かけて若手に伝え、新たな伝承者に育てる取り組みもある。

学校教育においては、小学6年生の歴史学習で「日中戦争や我が国に関わる第二次世界大戦」を扱うことになっている。6年生まで待っていてよいか。低学年から体験を聞く経験を順次積み上げていくことが必要である。

地域によっては行われているところもある。コロナ禍の今年はオンラインでの語りも始まっている。ぜひ利用しよう。あるいは、近隣にも体験者がいるかもしれない。お願いしてみよう。

新聞の記事や投書を読んで考える

毎年この時期になると新聞などに戦争体験の記事や投書が多く掲載される。75年目の節目では、これまで語らなかった方々が90歳を越え、「今、語らなくては」と戦争経験を語る人も出始めている。児童生徒の中にも、祖父母らから聞いた話をもとに戦争や平和についての思いや考えを寄せる例もある。

過去の投書の紹介もあった。軍国主義の教育を行った教師の後悔、ひめゆり部隊の一員だった少女が見た戦場、3月10日の東京大空襲の避難の姿、原爆で家族を目の前で失った人々、海軍特攻隊員を見送る際の胸が張り裂けそうな気持ち、新型爆弾を前に日本刀を振る陸軍将校の虚しい姿、ソ連参戦後の悲惨な満州の姿、引揚者の血のにじむ苦労、戦後の食料難の生活、疎開での空腹・いじめ・シラミのつらい思い出など挙げればきりがないくらいだ。

新たに知ったのは、戦死を上回る病死があったということ。マラリアにかかって死ぬ兵士、さらには補給が途絶えて飢え死にする兵士、置き去りにされた兵士などである。多彩な内容から多角的に考えることができる。

これらの記事や投書を教材として提示し、じっくり読んで戦争や平和を考える。そして自分自身が友達、後輩に何を伝えたいかをもち、互いに交流することである。75年目の節目の思いや願いを次の節目に一人一人がつなげていくようにしよう。


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