新政権の課題 思考力重視の教育には手厚い指導体制が必要(斎藤剛史)

教育ジャーナリスト 斎藤 剛史

安倍晋三首相が8月28日に健康問題を理由に辞任を表明、9月16日には菅義偉氏が第99代首相に就任し、文部科学相には萩生田光一氏が再任された。新政権における教育改革の課題は何だろうか。

安倍政権の教育再生

安倍政権は、2006年9月から翌年9月までの第1次政権、民主党政権などを挟んで誕生した2012年12月からの第2次政権から成り、安倍首相は通算在任期間、連続在任期間共に憲政史上最長を記録した。その安倍政権を振り返れば、ともかく長かったということに尽きる。第2次政権だけでも7年8カ月にも及ぶ。

安倍政権の評価について、一般社会やマスコミの関心は「アベノミクス」など経済問題に集中しているが、教育問題を無視することはできない。最近では、口にする人間は少なくなったが、政府の教育再生実行会議、自民党の教育再生実行本部などの名称に見られるように、安倍政権の教育改革路線といえば「教育再生」だ。

短命に終わった第1次政権の教育再生の特徴は、強烈な学校批判、教員批判だといってよい。「戦後レジームからの脱却」を掲げた安倍首相は、ことあるごとに当時の学校と教員を批判し、それをてこに戦後教育の総決算を図ろうとした。それは、教育基本法の改正など一定の成果を上げたが、一方で学校現場の強い反発も招いた。保守主義、復古主義が第1次政権の教育再生の中心だったといえる。

しかし、第2次政権の教育再生は、内容や性格が大きく変化する。道徳の教科化、地教行法改正による教育委員会制度の見直しなど、復古主義的改革も見られるものの、教育再生の中心は教育のグローバル化対応、情報化対応に移っていく。その代表的な例が、思考力重視の新学習指導要領、小学校での英語教科化、プログラミング学習の導入などだ。

その背景には、急激に進む経済のグローバル化、人工知能(AI)の進歩・普及という社会の変化の中で、このままでは日本経済が沈没するという経済界の危機感があったことは間違いない。

格差拡大を避けるには教員増が不可欠

性急なグローバル化、情報化への対応を打ち出した第2次政権の教育再生の根底には、「教育」ではなく、「経済」の要請がある。それを批判するのは簡単だが、いや応なく進む社会のグローバル化、AIが人間の能力以上に進歩する中で、「では、教育改革の代案は?」と問われれば、正直、答えに窮する。素直に肯定はできないが、否定することも困難というのが、現在の教育再生の厄介なところだ。

また、経験を積んだ教員なら分かると思うが、「主体的・対話的で深い学び」を柱とする新学習指導要領に十分に対応できるのは、せいぜい子供全体の2、3割程度で、経済力のある家庭の子供が断然優位に立つ。家庭の経済力に関係なく、思考力重視の教育を行うには、大幅な教員増による手厚い指導が不可欠だ。

にもかかわらず、安倍政権は指導環境の整備をほとんどしないまま、新学習指導要領の実施に入ろうとしていた。仮に、そのまま進んだら、新学習指導要領に対応できる2、3割の子供(社会的リーダー層)と、対応できないその他大勢(一般大衆)という具合に、日本は完全な格差社会となる危険性が高い。

それを回避するには、学校現場で手厚い指導体制を整備する必要がある。もっとも、それが教育再生の本当の狙いなら、話は別だが…。

少人数指導体制の整備が最大の役目

ところが、突然の新型コロナウイルス感染症の拡大という危機を契機に、学校現場における3密防止のため、最近になって、ようやく政府・与党内でも少人数学級の拡大などが課題として浮上してきた。

新政権は安倍内閣の継承を掲げている。しかし、教育分野に限れば、社会格差の拡大を招きかねない「教育再生」に対して、新型コロナの感染防止対策にとどまることなく、思考力重視の手厚い指導体制を可能とする教員の大幅増員など少人数指導体制を整備して、新たな教育改革への道筋をつけることが新政権の最大の役目だろう。

また、今後の社会では、コロナ対応に関係なく、オンライン教育が欠かせないものとなっていく。GIGAスクール構想による学校の情報化整備と共に、オンライン授業に対応した通常対面授業の改革による「指導のハイブリッド化」など、Withコロナ、ポストコロナの教育の在り方を模索することも新政権の大きなテーマの一つとなっていく。

そのためには、まず、教育再生実行会議や教育再生実行本部の「下請け機関」となってしまっている中央教育審議会を立て直す必要がある。当面、「教育再生」を継続するとしても、経済優先の教育改革路線を修正し、本当の意味で、子供たちのためになる新たな教育改革の方向性を新政権には打ち出してもらいたい。


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