今こそ両利きの学校経営を 臨時休校の検証も必要(中原淳)

立教大学教授 中原 淳

コロナウイルスに対する世の中の関心が緩んできた。小康状態が続いているからだが、立教大学の私の研究室では、春の臨時休校時に子供や保護者に何が起こったのか、ウィズコロナ時代の教育現場に必要なものは何か、といったことについて「危機感」をもって調査研究を進めている。秋・冬以降のインフルエンザ拡大と併せて、コロナウイルスの感染拡大が再び始まることを見据えているからだ。

あまり不幸なことを考えたくはないが、秋から冬にかけて、教育中断に追い込まれる学校や地域が出る可能性はある。前回のように、全国一斉に、ということはないかもしれない。しかし、地域や学校によっては、学びの継続に大きな影響が出るかもしれない。

そうリスクを見積もったとき、学校関係者に意識してもらいたいのが「両利きの学校経営」という考え方だ。ざっくり言うと、片方の手で「子供たちの学びを保障」しながら、もう一方では「学びをアップデート」していくということである。

まず「子供の学びの保障」についてである。学校とは、授業を提供しているだけではなく、子供の生活リズムを作り、つながりを作り、居場所となり、学びを促している場所だ。それが調査研究を通じてはっきりしてきた。

臨時休校の時に、子供と学校とのつながりがうまくいかなかった地域では、子供たちが相当なダメージを受けた。例えば、週1回でも教員とのコミュニケーションが取れた子供の勉強時間は平均2時間35分だったが、取れていなかった子供は1時間54分。41分の差が出た。つまり、オンライン授業とかそういうことを言う以前に、電話でもなんでもいいから、教員と子供とのコミュニケーションを確保していくことがどれだけ大事かがはっきりした。

子供たちは、「臨時休校の時にはどうすればいいか」という問いに対して、多くが「オンライン授業」と答えているが、学校側が対応できていない。東京23区でも、オンラインのホームルームですら、中央区や千代田区、渋谷区など一部以外ではほとんどできなかった。東京は先進的な都市だと思われているけれど、実態はそんな程度でしかない。

うまくいかなかったのは、連携ができなかったからだ。国、役所、教育委員会、校長会、学校のどこかにボトルネックがあった。それぞれの現場で課題を乗り越えられなかった。

文科省もメッセージは出したものの、バトンを渡し切れなかった。有事には現場に権限を移譲して「やるべきことをきちんとやれ」とだけ言えばいい。そしてヒト・モノ・カネを付ける。シンプルなことなのに、なぜできなかったのか。臨時休校について、もっと真剣に検証しておくべきだし、その議論の過程は全て公開してもらいたい。1回目は仕方がなかったとしても、2回同じ失敗をしてはいけない。

春の臨時休校時に、オンラインでのコミュニケーションを実現できた教育機関は、まずはやってみようと試みたところだ。完璧は目指さず、スピードを重視して、親や地域の人も動かして大胆に環境を整備した。優先順位を決めて取りあえずやってみた。

もしかしたら、機会が得られなかった子供もいたかもしれない。だが、それを批判して、全て整うまで何もするなと言うと、いつまでたっても何も進まない。極端な話をすると、親に丸投げになってしまう。

コロナウイルスとは関係なく教育環境に格差はあって、簡単に是正できるものではない。機会を得られない子供たちを、どうすればケアしてサポートできるかを考えればいい。有事にはとにかく動くしかない。大人たちにリーダーシップが欠けていると、子供たちが悲惨な目に遭う。何をやってでも、二度と学びを止めてはいけない。

次に「学びのアップデート」についてである。いま企業が必要としている人材は、チームで課題解決に取り組んだり、独自に探究したりする経験を持つ人々だ。つまりはアクティブ・ラーニングをどれだけやってきたかが問われている。

だから、それをしっかりと指導できる先生の育成が喫緊の課題、ともう何年も言われ続けているが、実現したとは言い難い。批判的思考を促すとか、明らかな解決法が存在しない課題を提示するとか、教育の現場ではそういうことがほとんどできていない。

人と人との接触を控えるウィズコロナの環境下では、アクティブ・ラーニングの実施は確かに難しくなっている。だからといってやらないわけにはいかない。電子掲示板でコメントを交わすとか、Zoomで議論するとか、投稿した写真や記事にスタンプを押し合うとか、そういう活動をやっていくしかない。アナログでもできなくはないが、やはりITと向き合うしかないだろう。

私が勤めている立教大学では、手前みそながら、学部長のリーダーシップ、教職員の類いまれなる努力で、なんとか、大学でのオンライン授業は順調に立ち上げることができた。学生の満足度が高かったのは、Zoomのブレイクアウトセッションや、リアルタイムで対話をする授業だった。

今後は、ビジネス界と同様にオンラインと対面を使い分けるハイブリッド型になっていくだろうが、少人数グループワーク型の授業は対面に戻るはずだ。それこそがアクティブ・ラーニングだからだ。逆に100人以上の大人数講義は全てオンライン化するだろう。集まってやる必要はないからだ。そういうふうに社会や大学が動いていくときに、初等中等教育はどうするべきなのか。

出口の方が変化し、どんどん高度化していくのに、教育機関がアップデートしないでいいはずがない。もともと、いずれはやらなきゃいけないことだった。それがコロナ禍によって放置を許されない状況に追い込まれた。こうなったら早くやった方が得になる。みんなで一斉に用意ドンということなら、早く走りだした方が勝ちに決まっている。途中から追い抜くのは難しい。

やらなくてはならないのは、学びの保障とアップデート。オンラインを充実させて休校に備えて、アクティブ・ラーニングをできるようにする。両方を実現するために、一刻も早く動き出すこと、それに尽きる。ジャスト・ドゥ・イット。やるから、分かる。やれば、できる。


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