教育現場の大変化 2020年はTPCK元年になる(中原淳)

立教大学教授 中原 淳

小中学生に学習者用端末を1人1台使えるようにするGIGAスクール構想が進んでいる。今年度中に全ての子供たちに行き渡るかどうかは分からないが、教育現場は、新しいテクノロジーを前提に、教え方に関する知識を蓄え、体験を積んで、スキルを高めなければならない。この大変化について「2020年はTPCK元年だった」と後々言われるようになるかもしれない。TPCKとは「Technological Pedagogical Content Knowledge」つまり「テクノロジーを使いこなして教えることに関する知識」という意味だ。

教科内容の知識と教育技術だけでは足りない

そもそも先生はなぜ教えることができるのか。まずは教える内容に関する知識を持っていなければならない。それが「Content Knowledge」(CK)。数学なら数式だとか、社会ならば歴史とか地理とか、個別の教科内容に関する知識がこれに当たる。ただ、先生として教えるためには、そういう知識だけでは足りなくて「Pedagogical Knowledge」(PK=教え方に関する知識)が必要になってくる。「What」と「How」と言えば理解しやすいかもしれない。何(What)を教えるかがCK、どうやって(How)教えるかがPK。CKだけがいくらたくさんあっても、それを分かりやすく伝えられなければ、授業にならない。先生には、両方の知識が絶対に必要になる。

例えば、子供たちに足し算や引き算を教えるときに、クラスの全員に立つように指示して、それぞれのグループに「3人増えたら何人」、「2人いなくなったら何人」というように、身体の動きを通じて考えさせる。足し算を、ただ単に「頭の中の記号の操作」として教えるのか、子供たちがイメージしやすいように身体性を通じて教えるかで伝わり方は全然違ってくる。PKとは、そうした教育技術だ。教員を養成する段階でもちろんカリキュラムとしてやるけれども、多くの先生は現場での経験を通じて学習していく。

CKとPKを、図式的に円として描いたときに、両者の重なる部分を「Pedagogical Content Knowledge」(PCK=教える内容を踏まえ、教えることに関する知識)と呼んできた。アメリカの教育心理学者、リー・シュルマンが提唱したものだ。私が学生の頃から「教師はPCKを持たなきゃいけない」とよく言われてきた。

ただ、いまはそれだけでは足りないことが認識されていて、シュルマンも2000年代には「Technological Knowledge」(TK)、つまり情報技術に関する知識も必要だと言うようになった。知識を表す円が三つに増えて、それがオーバーラップする部分が「TPCK」ということになっている。

「使いこなすスキル」や「関係者のマインド」に課題あり

日本ではこれまで、学校におけるIT利用が進んでこなかった。OECD各国で比べても低レベルだが、テクノロジーに関する経験が全く足りていない。オンライン学習についても、日本ほど使えていない国はないというぐらいの遅れ方になっている。教員養成系大学でも対応しなければいけない問題だが、現在の教育現場でもテクノロジカルな経験の欠如は深刻な課題だ。

政府がGIGAスクール構想を推進していることは歓迎したい。ただ、予算を付けてパソコンやタブレット端末を調達することは、実は容易なことなのだ。一番難しいのは「使いこなすスキル」や「関係者のマインド」を、それに付いて来させることにある。ただでさえコロナ禍で忙しい時に「重荷でしかない」と思っている先生方も少なくないだろう。だが、そんなに難しいことなのだろうか、とも思える。

もう20年以上前から、教育現場では「先生がITに付いていけない」とか、「スキルが課題だ」とか、同じことが言われている。学校のインフラについても、充実を図ってきたはずだ。それなのに、いまだに「何メガまでしか使えない」とか、「何台までしかつなげない」とか、耳を疑いたくなるようなことを聞く。

ビジネスシーンでのIT化のスピードを見ていると怖くなる。このままだと子供たちに武器も何も持たせないまま「素手でがんばってね」と送り出すようなことになる。エクセルもパワーポイントも知らないで、スマホだけ持って労働市場に投げ込まれたら、いったいどうすればいいのか。それでは「情報技術の消費者」になってしまう。大切なのは「情報技術を用いる生産者」になることだ。ITの知識や経験がほとんど必要のない職種もあることはあるが、いわゆるホワイトカラーは厳しいだろう。そこには危機感しかない。

実践から学ぶのが一番の近道

幸か不幸か、いや応なくGIGAスクール構想は進むし、デジタル教科書も導入されるので、先生方は待ったなしで対応しなくてはいけなくなった。ただ、不安に思うことはない。これは能力ではなく、覚悟と決断と経験の問題だ。ブログラミングをしろとか人工知能(AI)を設計しろというのではなく、ただ端末を使ってくれと言われているだけなのだから。能力などはあまり関係ない。使おうと腹をくくって覚悟すること、そして決断すること。さらにはじゃぶじゃぶ経験すれば、能力は付いてくる。

Windows95が出たころに、大企業のおじさんたちが「こんなおもちゃみたいなもの、普及するわけない」とか言って、逃げ腰になっていた。現代の私たちには、そのバカバカしさが分かるはずだ。普及したテクノロジーを教育現場でも使ってみよう、使えるようにしようというだけ。例えば、最近当たり前になったZoomも、使うだけなら誰でも使えたし、使うことでいろいろなことが根本的に変わった。それと同じだ。

できる限りハードルを下げて、授業にテクノロジーを組み込めばいい。そして、使いこなすことに関しては、使っているうちにどんどん学んでいける。机上であれこれ理屈を考えるより、簡単なことでいいから、やってみることだ。宿題をオンラインにするとか、できることからすぐに手を付けてみる。「家で写真を撮ってアップしなさい」とか、そんな簡単なことでもいい。写真をSNSにアップするようなことは、みんなとっくにやっていることだから何も難しくない。家庭でいろいろなことを調べてくるような学習には取り組んできたはず。その手のやりやすいことからオンラインを使っていけばいい。実践から学ぶのが一番の近道になる。

一つ指摘しておきたいのは、ITは完全に縦型のOJTが逆転する分野だということだ。他の領域に関しては年配の先生が指導する立場になるのが普通だが、ITに関してはデジタル世代の若手にチームで研究会などをやらせて、そこから学ぶのがいい。一般企業でもとっくにその部分は逆転しているのだから、学校も同じ。場合によっては子供から学んだっていい。TikTokですごいアクセス数を稼ぐ子供とかが、学校にいるかもしれない。難しく考えない方がいい。これからはTPCKが重要になるということは世の中の共通認識だが、それを学ぶためのハードルは全然高くはない。


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