大学入試改革のリデザイン 現実的な選択肢を探る(鈴木寛)

東大・慶大教授 鈴木 寛

高校と大学入試の改革をリデザインすることが求められている。昨年11月に大学入学共通テストの英語民間試験が見直しになり、記述式問題の導入も見送られたあと、新型コロナウイルス感染症が拡大し、その過程で秋入学議論も再び浮上した。あれから1年がたち、今後の方向性を見定めるべき時期が来ている。ただ、文科省と中教審は、考え抜いた高大接続改革が否定されてしまったのだから、代案は出せないだろう。本来ならば、改革案を否定した高校関係者が対案を出すべきだろうが、残念ながら、そうした現実と向き合う動きも見られない。

いまの高校普通科は、未来の失業者を量産する

高大接続改革の出口を考えるために、高校改革の課題を改めて整理してみたい。
いま企業の雇用形態は、長い時間をかけて社員を養成して社内の一体感を重視するメンバーシップ型から、それぞれの得意分野を持った人材を求めるジョブ型へと急速に転換しつつある。さらには、そもそも企業には所属せず、フリーランスでプロジェクトごとに参画するといったワークスタイルも増えていくだろう。

従来のメンバーシップ型雇用では、高校までに「無断欠勤をしない」「遅刻をしない」といった社会人としての基本的な姿勢を身に付けておけば、あとは日本企業が世界トップレベルの社員教育を与え、オン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)も含めて、人材を育成していった。だが、1990年代以降、日本経済が低成長になる中で、企業の収益力が落ち、そうした終身雇用のモデルは崩壊した。いまでも正規で採用した社員を時間をかけて育成する企業はもちろんある。しかし、そうした会社でも、正規採用の人数を絞り、非正規の雇用を増やしている。

これを高校側から見れば、これまでは普通科で無断欠勤や遅刻をしないなど、集団生活の規範や社会人としての素養を生徒に身に付けさせれば、あとは企業が一人前の社会人に育ててくれた。ところが、企業がジョブ型雇用を求めるようになった今、満遍なく全教科の修得を目指す普通科を始め、これまでの高校教育では、そうした社会的な要請には応えることができない。

従来の高校で育てられていた生徒は、組織の一員として協調性のある行動はできるが、特に得意分野を持たない。人間にしかできない得意分野を持たない人材は、これから急速にロボットや人工知能(AI)に仕事を奪われていくだろう。このままでは多くの高校は、未来の失業者を量産することになってしまう。教育に携わるわれわれは、こうした現実から目をそらすわけにはいかない。

しかも、全国の高校生のうち、半数は高校卒業後に社会に出て行く。特に、地方では、高校は社会への出口であり、学校教育を与える最後のとりでとなっている。だから、未来の担い手である高校生たちには、これから社会で生き延びていくために必要な能力を、なんとしても卒業までに身に付けてもらう必要がある。

これからの社会で求められる人材は、「自立した学習者」である。ジョブ型雇用が広がる中、先行きのはっきりしない未来に、自分が生きたい人生を生きていくには、自ら生涯学び続けることが大切だ。経済協力開発機構(OECD)では、これをAgency(エージェンシー)と言っており、日本語では、主体性、自立性と訳している。オールラウンドに指示されたことを受け身的にしっかり対応できるのではなく、自分が関心ある分野に対して、主体的に自分から学び続けることが求められている。自分の学びを他者に決めてもらうのではなく、自分の学びを自らデザインできる人材が求められており、それができないとAIに取って代わられてしまう。

記述式問題の広がりと総合型選抜の定着

大学入試によって、高校の学びを変えるというのは邪道ではないか、という指摘は、高大接続改革を進める議論の過程でも、よく出てきた。しかし、言語活動の重視や英語4技能の重視が学習指導要領に盛り込まれていながら、20年たっても、高校の現場で言語活動や英語4技能へのシフトは限定的であった。また、大学でも、私立大学はともかく、国立大学が主導した大学入試改革の動きは起こらなかった。高校や大学主導では変わらないことに業を煮やし、ほかに方法はないと考えて、われわれは、高校の学びと大学の学びを変えるために大学入試改革を進める道を選んだ。

昨年の混乱で大学入試改革は否定されたかのように見えるが、実際は違う。

まず、今春の大学入試を振り返ってみたい。
記述式問題では、国公立大のほぼ全てが2次試験に導入を果たした。私大も多くが、まだ短文ではあるが、入試に記述式問題を課すようになった。結果として、予備校を含めて高校生が記述式問題を解くようになってきている。記述式問題は予想以上のペースで各大学に広がりつつあり、高校生の学びも明らかに変わってきた。だから、この課題はクリアされつつあるとみていい。

次に、総合型選抜(旧AO入試)については、国立大学が入学定員の3割を総合型選抜や学校推薦型選抜(旧推薦入試)で選抜する方針を進めてきたことが非常に効果を挙げている。これによって、探究的な学びの重要性が認識され、日本各地の高校に浸透してきた。2022年からの総合探究、理数探究の導入に伴って、この流れはさらに加速されるであろう。
この点を見ると、邪道と言われようと、大学入試が変わることで、高校の学びが実際に変わってきていることが分かる。大学入学共通テスト導入を中心とした当初の方法論とは違っているが、高大接続改革の方向性自体は間違っていなかったのだと思う。

残された英語4技能試験

しかしながら、英語4技能試験の課題は残されたままだ。残念なことに、この点については、大学の個別試験も含めて、ほぼ動きがない。

いま広島県の漁業従事者では、非日本人が15%を占めるそうだ。全国の製造業の現場でも非日本人の従業員がどんどん増え、企業によっては従業員の半数を非日本人が占めている。これらの職場では、打ち合わせに使う言葉は、国際共通語としての英語が多い。こうした環境が広がる中で、英語で議論する能力は、間違いなく必要になる。その能力がなければ、人口が減り、経済が急速に縮小していく日本では、もはや仕事を得られないかもしれない。

逆に英語を身に付ければ、世界中に仕事がある。
例えば、日本の高度な自動車製造技術は、インドネシア、ベトナム、インドなど世界各地で求められている。日本の工業高校で高度な技術を身に付け、日本の自動車メーカーで働いた経験があれば、そうした技術の持ち主は、いくらでもアジアに仕事があるだろう。ただ、この時には「世界各地の職場で、非日本人と議論ができる程度の英語力があれば」という前提が付く。

だからこそ、高校の学びでは、英語4技能が必要になる。ところが、現実を見ると、中学校では、8割の学校で英語4技能の授業が行われているのに、高校では3割余りに限られてしまう。こうした事態が起きるのは、大学入試が有力な原因だろう。従って、高校の学びを変えるためには、大学入試を変えていく必要がある。これが高大接続改革の基本的な問題意識だった。

大学入学共通テストにスピーキングやディスカッションを入れていくのには膨大な費用と時間がかかる。だからこそ、財政負担が少ないかたちで大学入試に英語4技能試験を取り入れていく方法として、日本英語検定協会が実施している実用英語技能検定(英検)などの資格・検定試験の成績を集約し、「大学入試英語成績提供システム」として大学に提供する仕組みの導入がいったん決定され、準備が進んでいた。これが昨年秋の混乱の中で、急きょ中止された。

確かに、文部科学省の対応に問題もあった。だが、英語4技能を身に付ける必要性は全く変わらないし、多くの高校でそのための授業が十分に行われてない現実がいまも存在する。

「話す」については、各大学が個別入試で評価する上で、技術的な問題が障害となっていた。もともと、この課題を克服するのが難しいので、民間英語検定を活用し、各大学が大学入試で使える情報を提供しようと考えたのが、大学入試英語成績提供システムだった。これが否定された。

現実的な対応策①各大学のアドミッション・ポリシー

今の、現実的な対応策を考えてみると、各大学がアドミッション・ポリシー(AP)に英語4技能修得を盛り込み、それぞれの大学が入学志願者に民間英語検定の成績提供を求めていくことになるだろう。

民間英語検定は、1点刻みで合否を判定する大学入学試験の評価手段として、そのまま使うのは難しい。だから、入学者選抜の受験資格を与える「足切り」、または国家公務員試験でもすでに導入されているが、民間英語検定で一定以上のスコアの受験者には加点をするといったように活用すればいい。要するに、高校が英語4技能を積極的に教えるように変わっていけばいいのだから、そのためには民間英語検定が何らかの形で大学入学者選抜に活用されればいいわけだ。それだけでも、高校の英語教育が変わっていくためには、十分な効果があるに違いない。

しかしながら、こうした動きは、今のところ、各大学に広がっていない。東京大学はじめ旧帝国大学の学生でも、よく書けて、よく読めるが、英語でプレゼンテーションやディスカッションができない学生が大勢いる。中身があるのに本当にもったいない。そうした現実を直視し、それぞれの個別入試で英語でのディスカッションを導入すべきである。現に、総合型選抜では、民間英語検定の成績の提出を認めているので、総合型選抜の合格者は英語4技能の能力が高くなっている。

現実的な対応策②高校による民間英語検定を活用した単位履修

もうひとつは、高校における民間英語検定を活用した単位履修である。すでに、制度としては、民間英語検定を活用して、みなし単位を取得することができるようになっている。ただ、この制度がほとんど使われていない。これをもっと積極的に活用して、高校生に英語4技能の習得を促していくことも現実的な選択と思う。

公立高校の指導者たちは、こうした英語4技能の習得について、改善提案を示すべきだ。萩生田文部科学大臣は、高校関係者の意見を受け入れて英語民間試験の導入を見送った。生徒たちが将来に向けて生きる力を身に付けるために、どうやって英語4技能を習得するのがいいのか、今度は、公立高校の校長と英語教師こそアクティブラーナー(自立した学習者)になり、自分たちで考えて提案すべきだ。このままいくと、英語についても、公立高校と私立高校との差がどんどんついてしまう。

公立高校の学びについては、都道府県知事や政令指定都市の市長がリーダーシップを発揮すれば、相当なことができる。現に、さいたま市は、圧倒的に中学生の英語4技能のレベルが高い。今、県や政令市ごとの、生徒や教員の英語力の差が大変に激しい。県民や保護者は自分の県の高校生や教員の英語の成績が全国でどのレベルなのかをしっかりチェックすべきだし、知事も、もっと関心を払っていただきたい。

英語4技能のレベル引き上げに、熱心な県もある。導入が中止された大学入試英語成績提供システムの準備過程でも、鹿児島県や秋田県なでは英語民間試験の受験会場を十分に確保できるように、県が民間に働き掛けてしっかり準備を行っていた。英語成績提供システムの活用中止を求めた高校関係者の動きに対して、そうした努力をしている県はむしろ批判的だった。

高大接続 都道府県に大きな役割

地方では、公立高校が果たす社会的な役割は大きい。そのことは知事たちもよく分かっている。自治体は自分のところの子供だけは、ロボットやAIに仕事を奪われ、未来の失業者にならないように自衛していくしかない。知事は公立高校の設置者であるだけでなく、全国に90近くある公立大学の設置者でもある。公立大学の入学者選抜から変えていくこともできるし、県庁の4月採用を見直していくことも可能だ。都道府県単位で高大接続を意識した改革もできるだろう。

高校の学びと大学入試の改革は、まだ道半ばというしかない。昨年の顛末(てんまつ)は、文科省が主導して、全国一律55万人が一斉受験する大学入試制度を改革することがいかに難しいことか、改めて明らかになった。真に意味のある高大接続改革を文科省が主導して行うことは、もはや不可能だ。

だからこそ、それぞれの高校、大学が改革を主導していくしかない。私立高校、私立大学はそれぞれにさまざまな工夫をしてきたが、この20年間、公立高校と国立大学は動かなかった。高大接続改革をリデザインする中で、県立高校の設置者である知事と自治体が大きな役割を果たせる局面がきている。


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