ICT元年 学校現場が考えるべき2つのテーマ(鈴木寛)

東大・慶大教授 鈴木 寛

GIGAスクール構想によって全国の公立小中学校で1人1台端末が整備され、2021年は多くの学校現場にとってICT元年となる。ここで考えておくべきテーマは、大きく分けて2つある。ひとつは、公立と私立や市町村間の格差をどうやって解消し、全体の底上げを図るのか。もうひとつは、トップクラスのベストプラクティスをさらに積み上げていくために何をするのかである。

導入当初の混乱には、寛容な対応が必要

まず、格差の解消と全体の底上げについて考えてみたい。世の中を見渡せば、グッドプラクティスがたくさんあるので、それをちゃんと横展開することが大切だ。例えば、欠席届のオンライン化は、多くの私立学校でとっくに実用化しているから、校務システムを提供している業者にはノウハウが十分に蓄積されている。あとは、学校管理職や教育委員会が「いつからスタートする」と決断するかどうかにかかっていると言っていい。

このときに大切になるのが、ICT支援員。教員になにもかもやれといっても、尻込みする人もいるだろう。学校現場にICT環境を軌道に乗せるには、『習うより慣れろ』というところが大きい。教員の負担を軽減する意味でも、学校現場がICT環境に慣れるまで、教員たちをしっかりサポートする体制を整える必要がある。

コミュニティ・スクールや地域学校協働本部なども重要だ。ICT支援員は4校に一人だが、各学校が、地域人材(保護者、若手など)の中からICTボランティアを集めることも検討すべきだ。コロナで在宅でのテレワークも増えていて、昼間もITに長(た)けた保護者や地域住民は家にいる。そうした人々に、学校の図書館や空き教室に来てもらい、そこで仕事をしておいてもらい、何かICT関連で困ったことがあれば、そうしたボランティア人材にサポートしてもらえばいい。

同時に、教育関係者は、導入時に予想される一定程度の混乱について、寛容にならないといけない。ICT環境を導入しても、使い方が分からなかったり、うまく扱えなかったり、最初のうちはいろいろなことがあるだろう。そうした混乱に対して、教員は周囲や自分自身に対して、「最初はしょうがないな」と考えたほうがいい。学校管理職も保護者も同様で、学校や児童生徒にいきなり完璧な対応を求めないでほしい。1回や2回、授業をつぶしてしまうことがあっても、それはやむを得ないのではないか。

これまで学校現場には、授業を1時間たりとも無駄にしてはいけない、という強い気持ちがあった。この無謬(むびゅう)性への思い入れは、これからのデジタル時代には通用しない。この経験は、子供たちにとっても、大切な学びになるはずだ。

システム障害は起きる 慌てずプランの切り替えを

ICTシステムは時々、落ちたり、作動しなかったりすることがある。災害で電気が止まったり、サイバーアタックを受けたりすれば、使えなくなる。子供たちには、情報システムは万能ではなく、便利なところと弱いところがあるし、時にはダウンすることもあることを見せたほうがいい。電気が落ちたらアウトだと分かれば、バックアップ用の電源が必要だと考えるだろう。トラブルやアクシデントも、学びにできる。

これは授業でも同じ。例えば、ICTを使おうと思っていた授業が、何らかのシステム障害でICTがうまく使えなくなったときに、どうやってプランB、プランCに切り変えていくか。この判断を教員たちは整然とできなくてはならない。そのときの状況に応じて、「では、プランBに行きます」「プランCに切り替えます」と対応することが必要で、このときに慌ててはいけない。むしろ、堂々とバックアッププランに切り替えるところをみせながら、子供たちと共有するのがいい。これが先行きの不確かな時代に向かって「生きる力」であり、それを学びにする文化を持たなければならない。

これはとても大事な話だ。ここには「リアルワールドは完全には設計しきれない」という哲学的な意味合いがあり、設計思想の転換が求められている。要するに、無謬なる計画は立てられないのだから、Plan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Aciton(改善)のPDCAサイクルでは対応できないということだ。いろいろなことを予想しながら常に3つぐらいのプランを持ち、Anticipation(予想)、Action(行動)、Reflection(見直し)のAARサイクルで、現実に対応していくしかない。

必ずしも、全員の児童・生徒がプログラマーになるわけではないのに、プログラミングを学ぶ理由もここにある。プログラミングでは、まずプログラムを書いてみて、いったん動かしてみる。途中で止まったら、止まる原因となったバグを見つけて、バグを取り除いていく。このプロセスをデ・バッグと言っている。プログラミングを学ぶ意義として、こうしたデ・バッグ的な物の進め方、考え方を学ぶということもある。これまでは、完璧な設計図と実行計画を書きあげてからではないと、実行を進められなかった。効率性を求める製造業の世界では、手戻りを最も避けなければならない。だから、PDCAサイクルを回す必要があった。しかし、プログラミングを一発で書き上げることはほぼ不可能だ。何度も書き直しながら、プログラムが正常に動くように手直ししていく。まさに、AARサイクルで作っていくのがプログラミングだ。

これからVUCA(ブーカ)時代がやってくる。AARやデ・バッグ主義を教えていくのが、VUCA時代の教育だ。VUCAは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭字語。未知なる状況や想定外の事態に直面したとき、自分の持っているものを総動員して、トライ&エラーを恐れず、臨機応変に対応していかなければならない。あるいは、一見不要かもしれないけど、そのためのいろいろな備えをしておく必要がある。それができるようになるための教育が求められており、PBL(Project Based Learning、課題解決型学習)が必要な理由でもある。

コロナ禍では、われわれは今後もずっと想定外と付き合っていかねばならない、ということが分かった。10年に1回、東日本大震災のような国を揺るがす大災害や、新型コロナウイルスによるパンデミックが実際に起こっている。また何年後かに想定外の重大事が起きるリスクは当然ある。そこに対する備えをしながら、これから生きていく必要があり、子供たちにはそういう時代を生き抜いていくための力を身に付けてもらわなければならない。このことがコロナ禍の経験で一層鮮明になったと思う。

今後も、いつ何時、学校を再度閉鎖しなければならなくなるはわからない。そうしたときに備えて、児童・生徒を抱える家庭における通信環境の格差を解消しておかねばならない。私が提案したいのは、携帯電話料金の値下げを一律に行うのではなく、まずは、児童・生徒がいる世帯・保護者に対して、大幅な値下げを行うべきだ。その上で、生活保護や就学支援を受けている世帯には、自己負担をなくすよう、支援金を行政が支給すればいい。医療費では、児童・生徒は無料という市町村も増えてきている。医療とならんで、学習のための通信環境は必要不可欠なインフラだ。民間事業者の料金値下げと連動して行えば、税金投入額を減らすことができる。

ベストプラクティスの積み上げへ 大学の「知」を活用

次に、トップクラスのベストプラクティスをどう積み上げるかを考えてみたい。これは、大学の「知」をもっともっと使うべきだと思う。大学の研究者は、お金ではなく、本当に面白い研究ができれば動く。要するに、お金よりも、データにアクセスさせてくれというのが研究者の望みだ。

例えば、自治体の個人情報保護条例を改正し、匿名加工するなどプライバシーには十分配慮した上で、行政や学校の持っている個人情報を学術目的で使えるようにすればいい。それが研究者にとっては、研究論文の材料になる。その条例改正だけで、第一線の研究者が寄ってくる。民間企業に向けて営利目的で使えるようにするまでは必要はない。

そういう研究者や大学関係者が毎日が学校や教育委員会に出入りするようになれば、研究者や院生・学生たちは、ITボランティアもやってくれるだろう。オンラインでやりとりできることを考えれば、地域以外の人材であっても、大きな戦力となる。

結局、ICTを使って教育水準を引き上げていくのは地域コミュニティーの役割で、さらにトップクラスを動かすのはテーマコミュニティーになる。要するに、教育の情報化とか、AIドリルとか、そういうものでベストプラクティスを作っていこうというテーマコミュニティーがあれば、テーマにつながる人材は、日本中あるいは世界中から集まってくる。そのトップ集団で、校種や職種を超えて、人的ネットワークを作ればいい。

そのためには個人情報の取り扱いが鍵になる。行政は、そうした個人情報を活用しやすいように、個人情報保護規制をちゃんと整備するべきだ。これを整備するだけで、予算をつけなくても、ものすごく優秀な学者、将来有望な研究者が寄ってくる。

個人情報を学術目的で使えるようにすれば、そこで集めた情報を住民利益のためにまず使ってもらうことが大切だ。集めた情報を学校関係者と学者が共有して、そこで分析が行われ、教育実践を改革する処方ができてくる。そのループをどんどん回す。民間企業に頼むと予算が必要になるが、研究者だったら予算は不要だ。

そこで集まってくる情報は、学力はもちろん、健康情報のように、子供たちの役に立つものがいろいろある。学力や健康情報には、いじめや不登校、発達障害など、さまざまなことが絡んでくる。家庭の経済状況だって、税務情報とリンクすれば、だいたいわかる。最近注目されているヤングケアラーへの対応だって、家庭環境を把握できれば、早め早めの対応ができるだろう。

例えば、東北大学の東北メディカル・メガバンク機構では、ゲノム情報とバイオサンプルを3世代にわたって15万人分集めて冷凍保存して貯蔵している。協力してくれた人には世界一の健康診断をやり、東北を世界で最も健康寿命が長い土地にすると約束して、ゲノム情報を集めた。それと同じことを教育分野で提供するという発想をすればいい。

要するに、個人情報にリンクした教育データを使わせてもらい、世界で最も学力があり、いじめや不登校、発達障害、特別支援など問題が解決され、最もウェルビーイングな状態にある、教育の街を作るんだと説明すれば、住民の多くが賛成してくれるだろう。市町村や都道府県がどんどんどんどん進めて行けばいい。


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