グローバルを再定義せよ 多様性を前向きに受け止めたい(ウスビ・サコ)

京都精華大学学長 ウスビ・サコ

原点を問い直す。これが2021年のキーワードになるような気がしている。

コロナ禍に振り回された昨年だったが、それは同時に、少し立ち止まって、方向を修正したりするチャンスでもあった。人間はどうあるべきなのか、ということを改めて見つめ直す機会になった。苦境であったのも間違いないが、そこは素直に受け止めてもいいはずだ。

消費を中心にした社会では、どうやったらものが早く安く手に入るかという、便利さだけが問われがちだった。でもコロナ禍による不便さを味わう中でも、私たちはなんらかの新しい価値を見いだすことができた。人間らしさや自由というものを感じる機会はあったはずだ。

私の場合は家族の一部が故国のマリ(西アフリカ)にいて、年二回ぐらいは帰っていたのがまったく会えなくなった。隔離されているような状況になった。でも、日本にいる家族とは、ゆっくり晩ごはんを食べたり、一緒にお笑い番組を見たり、アホな話をして笑い合ったり、久しぶりにいろいろな時間を共有するようになった。これまでは「忙しい」と言い訳をして、やってこなかったことだった。

また、現代社会では空間というものをあまり意識せずに行動していたが、新型コロナウイルスによって空間の意識も変わった。コミュニケーションにおいても、会えなくなった人の価値が分かって、ICTを使ってでもその人の話が聞きたいと思ったりもした。20年はいろいろなものに気付かされた1年でもあった。

そこでよく使われるようになった言葉が「ニューノーマル」だが、少し注意しなければならないと思っている。誰かが「ニューノーマル」と言うときの感覚が、どういう生活を尺度にしているかを考えた方がよさそうだ。例えば、コロナ直前の生活を基準にしていたとして、それが「ノーマル」だったと言えるのかどうか。

だから、原点を問い直すことが必要なのだ。私の原点はなんだろう、どこだろう、と。ここで重要なのは、原点は人によって違うということ。みんなが原点はどこだろうと問い直すことが大切で、答えはそれぞれに委ねたい。なぜなら、それが多様性をサポートするからだ。画一的な社会では、例えば「日本人の原点はこれだ」と共有できたかもしれないが、多様化する社会では原点はバラバラで、それぞれ違っていて当たり前なのだ。

私たちの学問のベースになるものは、人間とは何かということ。だから、原点を問い直すことはとても重要だ。そして教育者としてもうひとつ大切にしていることは、問いを立てられる人間を育てること。答えを見つけられる人間ではない。人間は不測の事態が起きた時に、安直な解決に飛びついてしまいがち。でも問いを立てられる人間は、その仕組みや構造について考える。なぜこうなっているのか、どういう意味なのか。すると長い目で見て、正しい方向、正確な方向に向かうことができる。

例えば、マスクがなくなった時に、早く手に入れる方法を考えるのではなくて、なぜ日本で入手できないのかという問いを立てれば、歴史とか、流通の問題とか、工場が全て中国にある理由とか、いろいろなことが見えてくるだろう。

多様性を考える上では、これまでの「グローバル化」という言葉も批判的に捉えて、再定義する必要がある。「グローバル社会が定着する」とか言われているが、多くの人が考えているのは単に経済を中心にしたグローバル化でしかない。人間に対する視線が欠けている。グローバル化というのは、さまざまな価値観を認め合って、いろいろな文化や地域を理解していくことがベースになる。

しかし、特に日本の場合は欧米を意識しすぎていて、例えば英語がしゃべれればグローバルだという話になる。あるいはグローバルとは世界の「マクドナルド化」と思っているかもしれない。世界中のどこでも、パッとモノが買える社会。でも、物事の価値をひとつの国やひとつの地域の基準で決められるはずがない。グローバルスタンダードというのは、多様な特徴をシェアするやり方のこと。何を共有できるかは、「うちはこうなんだ」とお互いの価値観をぶつけ合って、ネゴシエーションして決まる。例えば、日本の基準をしっかり伝えることで、それがグローバルの一部になるかもしれない、ということが重要なのだ。

日本人の立場もアメリカ人の立場もフランス人の立場もある。それを認め合うことによって、新しい何かが生まれる。宗主国の文化を植民地に押し付けるようなことは、グローバル化とは言わない。「私の価値観はこうだけど、あなたの価値観も認めたい」と話し合うことによって、「では、一緒に仕事をしよう」という話になる。グローバルな人間というのは、しっかりと自分の足元を見つめ、居場所を理解して、それを伝えられる「自分の言葉=Voice」を持っている。

グローバルといったときに、どこかの国の基準とか、なにかひとつのものをイメージしてしまわないようにしよう。グローバルスタンダードには多様な価値観が含まれている。一つの方向でものを見るのではないからこそ、プラス1、プラス2、プラス3の見方が出てくる。足し算や掛け算になる。多様性をぜひ前向きに受け止めてほしい。外に向かうことによって自分たちのことが鮮明に見えてくる。他者と触れることによって、今まで見えていなかった自分に気付く、自分が変わっていく。その先にきっと将来に対する希望も持てるはずだ。

 


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