組織レジリエンスを高める-コロナ禍を乗り切るために-(中原淳)

立教大学教授 中原 淳

2回目の緊急事態宣言が出てから、まもなく1カ月。一定の効果は出つつあるものの、感染力の高い変異種の市中感染も疑われる状況になって、再び感染者数が急増することも懸念されている。2月と3月は特に厳しい状況が続きそうだし、ただちにワクチンによって集団免疫が獲得されることは期待できない。長い場合には、あと1年以上はこういう状況が続くかもしれない。それぞれの教育機関で、ICTの導入や、教育中断の可能性について、覚悟を決めてきちんと作戦会議をする必要があるだろう。

こういう非常事態を乗り越えることができるのは、たった一人の「有能なリーダー」によって導かれていくような組織ではない。大切なのは、平時から、組織メンバーが総ぐるみで、組織の危機に対して、可能な貢献をなす習慣があるかどうかである。具体的には、日頃から、組織の中で、さまざまな課題に向き合い、話し合い、やるべき選択肢を挙げて、実践していく習慣が極めて重要になる。こうした習慣のことを、専門用語では「組織レジリエンス」という。組織レジリエンスとは「組織が直面する課題からの回復力」だ。普段から何らかの困難に当たった時に、多様な選択肢をメンバー全員で出し合い、話し合いながら挑戦を続けてきた組織が、圧倒的な危機においても、それをしなやかに乗り越えることができる。いまからでも遅くないので、組織レジリエンスを高める努力をして、コロナ禍をなんとか乗り切ってもらいたい。

重要になるのは、管理職の人たち。学校でいうと、校長や主任クラスのミドルリーダーが、しっかりと共通の認識を持って、他の先生たちに自由闊達(かったつ)に議論ができる場や、アイデアを生かせる場を作ること。日本の学校制度の下では、リーダーがヒト・モノ・カネを自由に操れるわけではない。よくマネジメントの教科書には、ヒト・モノ・カネの差配が大事とか書いてあるが、どう考えても無理がある。簡単にヒトが増えるわけも、カネが湧いてくるわけもないし、必要な施設や設備を与えてもらえることもない。多くのマネジャーにできるのは、「言葉」と「場」をつくること。それぐらいしか武器はないし、一番有効なことでもある。

最近では「心理的安全性」という言葉がバズワードになりつつある。心理的安全性とは「自分が意見を表明したとしても、それによって他人から干されたり、刺されたりしない風土」だ。どんなアイデアも無下に否定されたりしない、みんなが浮き足立たないで冷静に議論できる、発言することに恐れを持たないでいい組織―「恐れのない組織(Fearless Organization)」―というのが、結果的にはさまざまな課題を解決できたり、新たな物事に挑戦することができる。学校の職員室も、そういう心理的安全性の高い場であることが大事だ。

例えば、多くの教育機関では「3月に卒業式をやるのか、やらないのか」といったことが話し合われているはずだ。その場合は、まずは実施の可否について議論する。やるならどうやったらできるのか。やらないとすればどうやってフォローするか。アイデアを出し合っていく。一つ一つ、組織のなかで話し合いを通じて合意を作っていくプロセスが、いまほど必要とされていることはない。

あるいは謝恩会でも、受けた恩に感謝するという本来の意味から、どうやったら何ができるかを子供たちに話し合わせればいい。リモートでやろうとか、手紙を書こうという話になるか、それは分からないけれど、一つ一つが課題解決の学びにつながる。無理してマスクをして学校に集まることが唯一の選択肢ではない。「どうしようか」と投げ掛けてみればいい。教員にとっては面倒かもしれない。子供に課題解決をさせるのは手間がかかるから。でも、どうしたいのか話し合って、出てくる問題に対してアドバイスするとか、やろうと思えばできるはず。

私が日々接しているのは大学生だが、いまの状況を嘆いている学生はそれほどいなくて、多くはどうしようもない状況だと理解している。彼らは、どうやったらどこまでできるのかというのを、教員たち大人たちが真剣に議論しているかどうかを冷静に見ている。

昨春、全国の9割近くの小学校、中学校、高校が臨時休校に陥ったときに何が起きたのかを共同研究によって検証した『学校が「とまった」日 ウィズ・コロナの学びを支える人々の挑戦』(東洋館出版社)をこのほど刊行した。同書のデータや事例を「再び学びをとめないための作戦会議」に役立ててほしいと思っている。今回の緊急事態宣言では、全国一斉に休校するという選択はしなかった。ただ、臨時休校や学級閉鎖のケースは増えている。本には「学びを再び止めないために」と書いたが、止まるところは止まってしまうだろう。

そうするとオンラインでフォローするしかない。GIGAスクール構想で配られた端末を使っていくしかないだろう。ネットワークが細かったりして、早くも高価な石板のようになっている学校もあるようだが、「できない」と言って教育中断を繰り返すことは、教育現場に対する信頼を損ねることになる。民間企業で製造ラインが止まるようなトラブルが起きたら、検証に検証を重ねて、二度と起こさないようにするのが当たり前。ある意味で、ほぼ1年の猶予期間があったのだから、準備をしていなかったという言い訳は通用しない。

現場の指導力がないわけではない。日本の教師が輝いていた時期があって、例えば2000年代ぐらいまでは、授業研究ができるのは日本だけとも言われていた。いまでも学力面では日本は国際的にみても低いわけではない。ただ、決定的に遅れている分野があるということ。ICTとか、アクティブ・ラーニングとか、新しいことに取り組むとか、それぞれの弱い部分を自覚して、危機感を持って臨んでいただけると幸いである。


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