「Z世代」の新入生 教員はインフルエンサーに(ウスビ・サコ)

京都精華大学学長 ウスビ・サコ

Z世代の特徴 「デジタルネイティブ」「現実的」「正義感」

4月1日に行われた京都精華大学の入学式の式辞で「Z世代」について話した。今年の入学生も含めていま、15歳から24歳の人が「Z世代」にあたる。この世代には三つの特徴がある。一つは「デジタルネイティブ」だということ。生まれた時からパソコンや携帯電話が身の回りに存在している。コミュニケーションの在り方が、インターネットでつながっていることを前提にしている。既存のタレントやパーソナリティーではなく、インフルエンサーとかユーチューバーを信用している。

二つ目の特徴は、彼らが生まれてからずっと世界が経済危機だということに由来する。お金にシビアで、常に明日は危ないかもしれないという緊張感を持っている。どちらかというと派手なこと大きなことを目指さず、現実的に生きようとする人たちなのだ。これまでの原則論が通じない。経済見通しは子供たちが成長して消費者になるということを前提にしているけれど、お金にシビアな「Z世代」はバリバリの消費者とは見込めない。期待とのギャップが生まれる。

そして最大の特徴は正義感が強いということ。ミャンマーや香港ではZ世代が抗議運動を担っている。私の故郷マリでも昨年いわゆるクーデターがあったときに連日デモ行進が行われたが、中心になったのは「Z世代」だった。スウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥーンベリさんもこの世代だ。それぞれが善良な一市民で、上の世代が壊したり汚したりしてしまった世の中を良くしたいという気概にあふれている。平和と社会の安定を求めて独自の活動を始めている。

私たちは漫然と、世代は続いていると思っているが、「Z世代」とは断絶していると思わなければならない。これまでは上の世代の影響を受けつつ、少しずつ変わってきたけれど、「Z世代」は全く別のジェネレーションなのだ。しかも、グローバル化していて規模が大きい。これまで「世代」というと、国ごと地域ごとの特徴を持っていたが、「Z世代」は世界中にネットワークを張り巡らせていて、情報共有能力が高い。どんな社会問題も自分たちの課題と受け止めて行動する。例えば、環境が破壊されたら、遠い場所だから関係ないとは思わない。欧米の人々も福島の原発事故を自分たちの問題だと思っている。

また、「Z世代」のムーブメントにはリーダーがいないのが特徴的だ。フランスの黄色いベスト運動がそうだった。リーダーがいたとしても代替可能だったり明確ではなかったりする。特定の誰かに従って行動するというのではなく、みんなが一緒に責任を共有するのが行動原理なので、それはいい意味で捉えたらいい。

身近な大人がちゃんと向き合う姿勢を見せる

人口の3分の1を占めるほど数が多く、これから世界を回していく存在になる「Z世代」が世の中とどう向き合っていくのかというのは、上の世代がこの新しい世代とどう付き合って行くのかという問題である。おそらく大学に入学してきた「Z世代」と、いままでの学校の論理というのはなじまない。一番の問題はメッセージが通じにくいということだ。なぜなら上の世代を信用していないからだ。不安は抱えながらも、年配者の言葉に従うと失敗するんじゃないかと感じている。そういう「Z世代」との接し方、コミュニケーションの仕方は工夫する必要がある。

こちらの都合ばかりをしゃべるのではなく、まず「Z世代」の不安や否定的姿勢をなんとかすることが大事なのだ。コミュニケーション能力が低いわけではない。「Z世代」はユーチューバーのような身近な人に憧れる。つまり、身近な大人がちゃんと向き合う姿勢を見せればいい。世代を超えて一緒にできることがあるはずだし、「Z世代」にとっても、連携できるいい大人を探すことを諦めない方がいいに決まっている。大人を全て同じ扱いで排除するのではなくて、一緒に物事を考えて、課題に向かっていける大人が結構いるんだよということを伝えなければならない。

私たち教員は、彼らにとってのインフルエンサーになれるかもしれない。そういう発想があれば、うまくいくだろう。先生はマスターであると思い込んでいないだろうか。インフルエンサーになるには、まず彼らの目線に合わせなければならない。専門用語を使わずに、専門的な内容を違うボキャブラリーと違う文法で説明できる能力が必要だ。これは多くの先生に欠けているところでもある。

教えるという仕事が転換を求められている

マスターの私についてこいという前に、相手を納得させなければならない。ただ知識を伝えるのではなく、人間としての生き方を見せて、どうやって時間と空間を共有して行くかを考える。お互いに信頼関係があって安心できれば、いい付き合いができる。私たちはコミュニケーションを更新する努力を置き忘れてきたかもしれない。例えば、教室で先生の使う言葉を理解するのが当然で、理解できないのは勉強が足りない、知識が足りない、という発想は、彼らには通じない。

もちろん知識は必要なのだが、本一つでも、これとこれを読んでから話をしにこい、というのは通じない。読む前に語り掛けるというように、順番を変えなければならない。先に1回話をする。それで納得したところに、これを読んでみろ、と言われたら彼らは読もうとする。そういうテクニックを使わなくてはならない。

教えるという仕事が転換を求められている。多くの教員にとって難しいことであるのは間違いない。これまで知識が大事だと思って、知識で戦ってきた。ずっとそういう教育を受けてきた私たちも、どうすればいいか戸惑っているというのも正直なところ。しかし、この変化もポジティブに捉えたい。残念ながら私たちの世代ではもう、理想的な世界を作ることはできないだろう。柔軟で可能性に満ちている世代に、自分たちの経験や知識をしっかりと伝えたい。混乱と分断の時代に身を置いている子供たちに、状況を理解して改革していく力を付けてもらうことが、教育者の仕事なのだから。


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