オンライン化のその先に アンバンドルされる授業(中原淳)

立教大学教授 中原 淳

2020年はオンライン授業元年だった。授業とITを巡る試みは、私が大学の学部生の頃は遠隔授業と言われていたし、その後、バーチャル・ユニバーシティーとか、eラーニングとか、MOOCとか、いろいろ言われたが実質的には20年間、あまり進んできたとはいえない。それが、コロナ禍によって一気にブレークスルーした。一時的とはいえ、大学生や教員の多くが利用するメディアになったことは大きい。

今回は、やむを得ない対応策としてそうなったのだが、これから各大学をはじめとする多くの教育機関で、オンラインを前提とした変革が進んでいくところも出てくるだろう。一方、変わらない大学もある。今後は、生徒たちが進学先を選択するにあたって、どれぐらいそういうことに熱心な学校であるかが重視される時代になるだろう。

授業の物理的な制約が無意味になる

伝統的な学校というのは、一つの教室、同じ時間に、いつもの先生、いつものメンバーというのが原則だった。オンラインでは、一つだけでなくいろいろな教室をつなぐことができるし、同じ時間といっても時差があるような場所ともつながれる。つまり、オンライン授業というのは、教室の収容数や学生数という物理的制約を無意味にしてしまうのだ。

何より大きい変化は、先生についてかもしれない。理論的には、いつもと違うメンバーとともに、自分が学びたい先生から学ぶことができるのだ。この変化は、教員と所属教育機関という概念を怪しくしてしまう。大学についていえば、できる教員はどこからも呼ばれて、所属を超えて授業ができることになる。これまでは大学に教員が囲われて、授業もカリキュラムの中に囲われていた。そういう授業と大学のバンドル(結束)が一気に緩む。すなわち、アンバンドリング(大学と授業・教員をひも付けている結束が緩む)された大学の授業は、ものによっては多くの大学で共有可能なものになる。

あるいは大学のコンソーシアム化が進むというシナリオも考えられる。同盟を組んだ大学の授業はどれを取ってもいい、というようなことが、さらに加速する。これは、実は、すでに起こっている変化だ。これが加速するだろう。

そうなると大学にとっては、どのコンソーシアムに入るか、どこと組むかが大事になってくる。日本国内だけでなく、国外の大学と組むこともできる。これまでも大学同士の提携は行われてきたが、もっとドラスチックなことができてしまう。すでに北海道でも国立大学教養教育コンソーシアム北海道と称して、北海道内の国立大学7学(北海道大学、北海道教育大学、室蘭工業大学、小樽商科大学、帯広畜産大学、旭川医科大学、北見工業大学)の教養教育の共通化が行われている。

第一線を走っている教員から簡単に学べる

オンライン授業の学習効果は、対面式と変わらないか同等以上と言われている。ただし、一定の留意も必要で、自ら学ぶ習慣がない生徒には、やはり対面式でないと難しい部分はあるし、オンライン授業が万能ということではない。とはいえ、学び手にとって選択肢が増えることは間違いない。これは歓迎すべきことだろう。

大規模授業は、授業をする側にとっては画面の向こうが100人でも1万人でも同じ。コンテンツを伝えるという意味においては、規模は関係ない。例えば私の専門である人材開発・組織開発という分野を、学部レベルの授業で行っている大学は他にない。それが他の大学の学生であっても受けられるようになる。実際、毎年、数十人の他大学の学生から、授業を受講したいという要望をもらう。今は、断る他はないのだが。各大学にそういう授業はたくさんある。行動経済学だったら誰々先生とか、第一線を走っている人から簡単に学べるようになるのは大きい。

一方で、キャンパスで学ぶときには、ディスカッションとか、演習とか、そこでしかできないことをやるかたちになるし、多くの学生もそれを望んでいるはず。大人数授業でも、気の利いた教員なら、オンラインにした上で、ティーチング・アシスタント(TA)やスチューデント・アシスタント(SA)を使ったセッションを入れて、学びの質を高めてくるだろう。アメリカでは一般的だが、例えば週に3回授業をして、1回目が文献購読、2回目がTAによるディスカッション、3回目が先生によるライブといった具合に。日本ではTA 、SAをうまく授業に活用できていないが、少しずつ変わっていくかもしれない。

ここにしかない学びをどう作るか

IT化が進むのは、初等中等教育でも同じだろう。例えば「スタディサプリ」のような民間の教育サービスがやっているオンライン授業を、すでに導入している中学や高校がある。GIGAスクール構想で1人1台タブレット端末が当たり前になっているから、導入した学校の生徒であれば、オンライン授業を受け放題ということになる。そういう意味では受験指導や、個別学習のようなことは、オンラインでどんどん進めていい、というかたちになる。

海外の高校や中学と提携して授業をつなぐことも容易になる。すると高校の英語で、ネイティブによるESL(English as a Second Language)の授業を普通に聞けるようになる。外国語の教師というと海外から呼ばなければならなかったのが、その必要がなくなった。このインパクトは大きい。留学というと、生活をするとか土地の空気を吸うとか、そういう複合的な学びの機会でもあって、それはオンラインでは実現できない。ただ、コンテンツとしての語学学習などは、より本格的なことが簡単にできてしまう。

グループワークをする、コミュニティーを作る、議論してプロジェクトを進める、そういったことは大人数でやるのは無理。教育機関の側は、授業をそういう濃密な学びに転換していかなければならない。

昨年は、普通の大学に通っているのに放送大学みたいだったところもあるのではないか。オンデマンドでワンウェイだったら放送大学と同じ。つまり、きめ細やかな少人数教育をきちんとやっていく、あるいは逆に大人数で売りを出していく。ここでしか学べないものをどう作るか、ここにしかない学びをどう作るか、それが問われてくる。


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