教員制度改革 大切なのは「ルール」と「ロール」(鈴木寛)

教員制度改革 大切なのは「ルール」と「ロール」(鈴木寛)
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中央教育審議会(中教審)を舞台に教員制度改革の議論が本格化してきた。しかしながら、制度改革は万能ではなく、それだけで改革が進むわけではない。改革には、「ルールの改革」と「ロールの改革」、そして「ツールの改革」がある。この3つの最良の組み合わせができたとき、改革が実現する。教員の人材確保や働き方を含めた教員制度改革を成功させるためには、3つの改革をうまく組み合わせる必要がある。

改革の目的は、現場教員の徒労感をなくすこと

まず、学校現場でいったい何を改革しなければいけないのか、何度も繰り返し指摘されていることだが、もう一度考えてみたい。改革を進めるとき、改革を行うこと自体が目的になってしまいがちだが、こうした「改革の自己目的化」には意味がない。改革は目的が明確にあってこそ、しっかり進めることができる。学校現場の改革で一番重要な目的は、教師を楽にすればいい、ということなのか? 否である。児童・生徒たちを第一に考え、彼ら・彼女らのために、労を惜しまず頑張っている現場の教員たちの徒労感をなくすことにある。現場の教員がエージェンシー(主体性)を発揮して、問題意識を持ってさまざまな提案をしたり、試行錯誤しながら挑戦し始めたりしたとき、そのことが上司である学校管理職に評価されなかったり、保護者に誤解されたり、結局、苦労したにも関わらず、その思いと努力が報われないという状況が続くと、そこに徒労感が積み重なっていく。児童・生徒のための苦労ならば教師はそれをいとわない、だから教師たちの「苦労」ではなく、「徒労」をなくさなければいけない。頑張っても徒労に終わるのでは、自分が壊れてしまうから、身を守るために、事なかれに陥っていく。教育委員会も学校管理職も、保護者や議会、地域、メディアなどからたたかれないように、問題やクレームの最小化ばかりを優先して考えるようになる。萎縮したまま何もしなければ、怒られもしないし、褒められもしない。可もなく、不可もなく、ただ毎日が過ぎてくれればいい。そういう事なかれ主義になってしまう。改革の目的は、この学校現場の悪循環をどう変えていくかにある。そのために、キーになるのは、学校管理職であり、保護者だと思う。学校管理職のエージェンシーは非常に大切で、これが発揮されないと、現場の教員はだんだんむなしくなってくる。自分たちがいろいろな苦労を乗り越えて、改革に取り組むときに、それをサポートしてくれる学校管理職ならば、苦労があっても現場の教員はやりがいを持てる。子供たちのために頑張っている教師と保護者が、しっかりとコミュニケーションがとれて、いいことも悪いことも正当に保護者に評価され、何か問題が起きたら一緒に考えていく。そういうガバナンスを取り戻すことで、悪循環は解消されていくだろう。そう考えると、大切なのは保護者、地域住民、児童生徒も含めて、学校現場に近い人たちのコ・エージェンシー(共同エージェンシー)が発揮されることだと分かる。学校管理職は、地域の人や保護者、教員、子供たちを巻き込んで、コ・エージェンシーを発揮していく環境を作っていかなければならない。あらゆる課題や困難を学びや気付きのチャンスと捉え、それを成長につなげていく。そのためには、コミュニティ・スクールを機能させることが必要になる。

最大の課題は「ロールの改革」

こうした改革は、制度改革だけで進むわけではない。改革には、「ルールの改革」と「ロールの改革」、そして「ツールの改革」がある。この3つのベストインテグレーションによって、改革は実現する。このうち、制度改革のような「ルールの改革」は、これまでに変えるべきところは変えてきた。例えば、コミュニティ・スクールについては、2004年に「地方教育行政の組織及び運営に関する法律(地教行法)」が施行されてから17年がたった。全国の学校のうち、3割にあたる約1万校が導入され、さらに地教行法の改正により、努力義務ではあるが、全校での設置が義務付けられた。これにより、指定校はさらに増えつつあるが、その伸びは今一つだ。制度を変えたら全てが変わるという発想は、一種の「制度改革依存症」と言っていい。これは教員制度改革でも同じだろう。制度を変えれば、当然副作用が出てくる。制度は一律に何かをするのだから、標準化に資するものになる。それは必然的に「公正な個別最適化」に反してしまう。つまり、制度改革を過剰にやると、標準化に合わない現場がいっぱい出てくるという問題が起きる。だから、現在の局面では、「ルールの改革」はこれ以上やってもあまり効果がない。邪魔をしているルールを外すと言う意味で、規制緩和があるくらいだろう。「ツールの改革」はGIGAスクール構想による1人1台端末やICT環境の整備で、今は大事な局面だと思うが、一応、1人1台の情報端末は整備されたし、ICT関連のコンテンツは、NHK for Schoolもあるし、多くの民間企業が頑張って教育効果の高い教材や良質なコミュニケーションツールがたくさん出てきている。やる気のある学校現場には浸透していくだろう。そうなると、学校現場で教員の徒労感をなくしていくためには、やっぱり「ロールの改革」が最大の課題になっていく。この改革は、どういう役割を作ったり減らしたり変更したりするか、それによって現場を変えていく取り組みになる。当然、ある役割を作っても、その役割を全うできる人とできない人がいるから、役割の設定と同時に、その役割を果たすことができる人材の育成が必要になる。結局、いい学校管理職といい教員、学校運営協議会のいい委員をいかに育成し、そこから保護者とのいい関係をどう構築していくかという話であって、法改正などの制度改革が問題の中心になるわけではない。

学校管理職が磨くべきスキル

実際に「ロールの改革」を進めていく上で、有効なアプローチの一つは管理職の研修となる。管理職がファシリテーションをできないようであれば、外部の力を借りればいい。例えば、大学教授やNPOが、校長の代わりに学校運営協議会や学校ボランティアを巻き込んだワークショップのファシリテーションをやればいい。ワークショップが上手な人もいるから、そういう人を登用してもいい。20何人もいる会議で発言できる人は、日本においては、やっぱり自己主張の強い変わった人が多い。そういう人が意見を言っても、賛同する人はほとんど出てこない。私は熟議ワークというメソッドを開発し、いまはかなり広がっているが、そうした手法も活用すると、信頼関係もでき、発言の心理的安全も確保され、活発な議論からいろいろな気付きを得られる。まずは、会議の一チームの参加人数を5~7人まで下げる、話すのがうまくない人もいるから、必ずみんなが黙る時間を作り、付箋にキーワードを書いていくと、いろいろな意見が出てくるようになる。しゃべるのが苦手な人や怖い人でも、心理的安全性が確保されて発言できるようになる。熟議ワークでは、校長のような偉い人は、最初にあいさつをしてはいけない。なぜなら、そこで空気ができてしまうから。空気ができると、参加者はその空気を読もうとしてしまう。だから、校長は最後に講評するようにしなければならない。私が文科副大臣のときも、絶対に最初はあいさつせずに、最後に講評をさせてもらった。会議のマネジメントでは、参加人数のサイズとか、話す順番がとても大切になる。人間は5人くらいの人数なら、安心してしゃべる。そういう会議のマネジメントや一対一のメンタリングやコミュニケーションのメソッドは、学校管理職にとって必要なスキルであり、研修によって身に付けるべきだ。学校管理職は、文科省が示したカリキュラムがこなせているかどうかを気にすることも大事だが、それ以上に、どうやって信頼関係を構築していけばいいのか、そのためのワークショップをどうやったらいいのか、どうやって心理的に安全なコミュニティの場を作ったらいいのか、そうしたことを研究して実践することが求められていると思う。はっきり言えば、教員の徒労感は、制度改革だけで解消されるものではない。教員だって人間なのだから、学校管理職や保護者から、頑張った教員に一言の声掛けをすることが、なにより大事なはず。子供への声掛けが大事なのと同様に、教員への声掛けも大事だなと気付くのが賢い管理職ではないか。そして、頑張っている管理職には教育委員会から声を掛ける。学校現場を改革し、教員の徒労感をなくしていくには、それぞれの学校現場によって、それぞれの解がある。問われているのは一般普遍解ではなくて、個別暫定解しかない。それぞれの学校現場に今ある個別で暫定的な問題を発見し、それぞれの学校が自分たちで解決策を探していく。そのためには学校管理職が良きコミュニケーターとしての資質とスキルをより一層磨き、「公正な個別最適化」をそれぞれの学校現場に徹底していくしかあるまい。

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