ノリや勢いでごまかせない オンライン授業での気付き(中原淳)

立教大学教授 中原 淳

コロナ禍になってオンライン授業の取り組みが一気に進んだ。大学はもとより、3回目の緊急事態宣言で大阪市が小中学校の一部の授業をオンラインに転換したように、初等中等教育の現場でも、さまざまな試みがされている。成果を感じている人もいれば、トラブルを抱えて困っている人もいるだろう。大阪市では現場などから「突然すぎる、準備が間に合わない」と反発があったようだ。行政からあまり事前の情報共有がないまま意思決定がなされたこともあるので、気持ちは分かる。しかし、一般の人々からすると、「いやいや、もうコロナになって、1年間たってますよね…」と思うところもあったのではないだろうか。

コロナ禍においては、教育中断(学びの中断)はいつ起こってもおかしくない脅威である。今日はあなたの学校かもしれない。明日は、私の教室かもしれない。教育中断・学びの中断をいかに避けるか、は喫緊の課題であり、その有望な手段はオンラインの活用である。いずれにしても、これまでほとんど試みられることのなかったオンライン授業に、多くの教育者がチャレンジしていることに意義がある。その中で、限界も可能性も見いだしていくことが重要なのではないか。

1990年代の後半から2000年代にすでに言われていたことではあるが、オンラインと対面で授業の学習効果は変わらない。コンテンツを伝えるという意味ではどちらでも同じということが、やってみた人たちにはよく分かったのではないか。文科省が先日公表した「新型コロナウイルス感染症の影響による学生等の学生生活に関する調査」の中にオンライン授業についての回答項目があった。「全体的な満足度としては、不満に感じる割合より満足に感じる割合の方が大きい」という結果だった。(「満足」「ある程度満足」が計56.9%、「あまり満足していない」「満足していない」が計20.6%)。いまだに「対面授業でないと…」という声は少なくないが、学習者は、自分の好きな場所で好きな時に受けられるとか、自分のペースで学習できるとか、オンライン授業にメリットを感じている。フィードバックの機会が少ないとか、課題が過剰になってしまうといった点も指摘されているが、満足している学生の方が多いのが現実だ。

多くの大学ではいま、かなりの授業をオンラインで進めている。そこで逆に、対面授業の特徴についていろいろと考えさせられている。実は対面授業というのは、しっかり設計していなくても、その場の雰囲気とノリに甘えられる授業でもあるということだ。ある意味で、学習者に甘えられるのだ。オンラインと対面、それぞれの授業の特徴を意識することが大切だろう。

また大きな違いの一つが進行スピードだ。同じコンテンツをオンラインと対面でやってみると分かるが、対面の方が、かなり早く進めることができる。対面では、すっ飛ばしながら、授業を進めることはできる。一方、オンラインでは、対面の7割から8割ぐらいのボリュームにしないと学習者がついてこない。モチベーションが下がってしまって、授業として成立させるのが難しくなる。この感覚は、オンラインに取り組んでいる先生はみんな実感しているのではないか。

なぜそうなるかというと、対面授業の方が、場のパフォーマンスによってノリとか勢いを作りやすいからだ。教える側と学習者との間につながりやコミュニティー的な感覚が生まれていくのだが、逆にいうと、分かった気になってしまうという懸念もある。授業にノリや勢いがあると、いろいろなことをすっ飛ばしてコンテンツを盛り込んでいける。何となく進めて、何となく笑いが生まれて、何となく時間が過ぎる。それでも学習者は満足して文句を言わない。

一方で、オンライン授業では、パフォーマンスは伝わりにくく、リアクションも薄い。こっちのノリだけで進めても、簡単にスルーされて独り相撲になる。聞いているのかどうかも分からなくて、カメラオフがどんどん増えていくような悲しい状況も生まれてしまう。それが怖いから、今までよりも、きちんと設計して、準備をする。だから、オンライン授業は対面授業よりも疲れる。

かくしてオンラインを経験すると、対面授業のやり方に関する「深い内省」が進む。私たちは、対面授業をきちんとデザインしていただろうか。ノリや勢いでしゃべりまくって、伝えた気になっていたけど伝わっていなかったことはなかっただろうか。

オンライン授業は丁寧にやらないとすぐに授業として成立しなくなるから、ちゃんと準備する。きちんと相手に伝わるように設計して、誰もが理解しやすいように学習内容を配列しなければならない。だけど本来は対面授業もそうあるべきなのだ。

恥ずかしい話、これまで20年ぐらい大学で教えてきて、自分の対面授業のやり方を振り返ることなどなかった。インタラクティブにやってはいるけれど、語るべきことはほとんど頭の中にある。自分の授業がいろいろなことをすっ飛ばしていたり、予備知識を前提にしていたりするということは考えもしない。でもオンラインで授業をやることによって、なぜ反応が薄いんだろうとか、どうして投票を呼び掛けても答えがないんだろうとか、いろいろと考えるようになって、実は私自身が「対面授業に甘えていた」、学生に甘えていたのかもしれないということが理解できた。汗顔の至りである。

これはオンラインを体験してみないと分からなかった。対面授業の特徴がどういうものなのかは、そうでないものを体験して、その差異でしか把握できない。オンライン授業を体験した人は、対面授業を大事にするようになるはずだ。

これからの教育は、オンラインか、対面ではない。「orの発想」を乗り越え、「andの発想」で考えなくてはならない。どちらが優れているというのではなく、両者を往復すればいいと思う。GIGAスクール構想で1人1台の環境も整っていることだし、オンラインでICTを活用するような学びと、リアルタイムの授業を往復していくことが、私たち教員の能力開発にもつながる。少なくとも気付きにはなるはずだ。コロナ禍が沈静化しても、オンライン授業をやめようとは思っていない。オンラインと対面、両方の体験を深めていくことによって、どちらも良くなっていくと確信している。