「5歳児義務教育」に課題は多い 幼小接続を考える(藤川大祐)

千葉大学教育学部教授 藤川 大祐

不安定な基盤、複雑な制度

本紙電子版7月8日付記事などで報じられているように、中央教育審議会(中教審)に、幼児教育の質向上や小学校教育との円滑な接続について審議する「幼児教育と小学校教育の架け橋特別委員会」が設置された。焦点となっていることの一つは、全ての5歳児に生活・学習基盤を整備するための方策だ。

日本の教育制度において、小学校や中学校が義務教育として戦後大きな変更なく安定したものであったのと対照的に、幼児教育の基盤は不安定であり、その制度は複雑である。

現在、幼児に対する教育あるいは保育を行う機関としては、幼稚園、保育所、認定こども園がある。幼稚園は、学校教育法で定められる学校教育機関であるが、小学校などと異なり私立の園が多く、幼稚園教育要領は定められているものの、各園の教育は多様である。保育所は、児童福祉法で定められる児童保育施設であるが、地方自治体が設置を認可した認可保育所だけでなく、認可のない認可外保育施設もある。認定こども園は2006年に制度化されたもので、幼稚園と保育所の機能を併せ持ったものである。所管する官庁も、幼稚園は文部科学省、保育所は厚生労働省、認定こども園は内閣府と分かれている。

これまで、幼児教育・保育を巡る論点は、女性の就労状況の変化に伴って高まる託児ニーズにどう対応するかが中心であった。従来、専業主婦家庭の子どもは幼稚園へ、共働き家庭やひとり親家庭の子どもは保育所へという役割分担が前提となっており、専業主婦家庭が多数派だった戦後の高度経済成長期に幼稚園が増えていった。しかし、「男女共同参画」が当然となり、共働き家庭やひとり親家庭が増える中で、保育所のニーズが高まり、待機児童対策が社会問題化するまでに至った。

幼稚園から保育所へと幼児教育・保育施設に対するニーズが移る中で、保育所の教育機能を強化したり、幼稚園に預かり保育機能を持たせたりすることが課題となり、両者の機能を持つ認定こども園が制度化され、幼稚園が認定こども園へと移行する動きも見られる。

非認知能力の育成と小1プロブレムも論点

ここ数年の幼児教育・保育を巡る議論には、こうした託児ニーズへの対応には別の点への着目が見られるようになった。幼児教育への投資という観点である。

教育経済学の研究は、貧困世帯への経済的支援には効果が少ない一方で、幼児教育を充実させて子どもたちの「非認知能力」を育てることの効果が高いことを示している。非認知能力とは、やり抜く力、集中力、自制心など、学力テストや知能テストで測られるものとは異なる一連の能力であり、幼児期を中心に育まれるものとされている。

幼児期にこうした能力を伸ばす教育を受けた者はそうでない者より学歴や大人になってからの収入が有意に高いという研究結果があることから、幼児期における非認知能力の育成が注目されている。いわば、幼児教育への投資は見返りが大きいので推進しようということだ。

幼児教育・保育を巡っては、いわゆる「小1プロブレム」を解決し、幼児教育・保育機関から小学校への接続を円滑にするという論点もある。幼児教育・保育機関において小学校に円滑に適応できるようにする「アプローチカリキュラム」が設けられるとともに、小学校側でも「スタートカリキュラム」が設けられるといった取り組みが進んでいる。

以上のように、幼児教育・保育を巡っては、託児ニーズへの対応、非認知能力の育成、そして幼児教育・保育機関から小学校への接続の円滑化といった複数の論点が混在している。そして、こうした論点を全て踏まえて目指されるのが、5歳児に対する教育の義務教育化ということだろう。

幼児教育・保育機関ごとに条件が大きく違う

だが、5歳児義務教育化を進めることは容易ではない。幼児教育・保育機関は多くが民間のものであり、規模も教育・保育の方針も多様だ。現状での「アプローチカリキュラム」の取り組み状況を見ても、私立幼稚園や民間の保育所などが足並みをそろえることは難しい。職員の研修や打ち合わせを行いたくても、認可外保育施設などでは職員に余裕がなく、時間の確保が難しいことも多いようだ。

仮に幼児教育・保育機関が5歳児に対する義務教育を担うとすると、機関ごとに条件が違いすぎ、一定以上の水準の教育を担保するのは容易ではない。とはいえ、小学校教育を7年間にして5歳児の教育も小学校が担うのであれば、幼児教育に対応できる教員の確保、学童保育の拡充、幼児教育・保育機関の急激な業務縮小への対応など、深刻な問題が発生してしまう。

ありうるシナリオとしては、与党が主張するように「こども庁」が作られて幼児教育・保育を所管する官庁が一本化され、こども庁のリーダーシップのもとで、5歳児義務教育と関連する施策を実現するというものだろう。現在の幼稚園や認定こども園の多くはこうした変化にも耐えられるかもしれないが、保育所については対応は容易ではない。幼稚園教員免許を持たない保育士が教員免許を取得できるようにする、保育士の待遇を公立学校教員並みにするなど、抜本的な対応策が必要となるだろう。

難題にどのような答えが示されるのか。特別委員会の議論に注目したい。

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