支え合う選手たち 競争から協奏へ(ウスビ・サコ)

京都精華大学学長 ウスビ・サコ

東京2020オリンピックの期間中、東京・晴海にあった選手村に滞在したマリの代表団や選手たちのライフサポーターをしていた。マリ共和国のオリンピック委員会から「選手村運営」というアクレディテーションをいただき、日本の文化や言葉が分からない代表団の困り事に対応したり、選手と日本のボランティアたちとの間のコミュニケーションのギャップを調整したり、電話がしょっちゅうかかってきていた。

東京五輪で印象に残ったことは、選手の間に共同体意識があったことである。マリの選手のところに他の国の選手が「一緒に練習にいこう」と誘いに来ることがあった。もちろんライバル意識はあるけれど、ただの競争相手というのでなく、どちらかというとお互いを応援し合っていることをより強く感じられた。コロナ禍だからこそ生まれた連帯感だったかもしれない。国とか人種とか宗教とかいろいろな違いを超えて、一体となってこの事態を乗り切らないといけない、なんとかしようぜ、という思いがあった。中には意識の低い人たちもいて、問題も起きたけれど、多くの選手やスタッフはそういう意識を共有していた。

スケートボード女子パークで、果敢に大技に挑戦しながら4位に終わった岡本碧優選手に他国のライバル選手が駆け寄って肩車をするシーンがあった。それから男子走り高跳びで、カタールのムタエッサ・バーシム選手とイタリアのジャンマルコ・タンベリ選手が金メダルを分け合ったことも印象深い。失敗した選手を他の選手が励ましたりする場面は、他の競技でも見られた。

開催の是非については論議があるけれど、この5年間頑張ってきた選手にとってよかったことは間違いない。選手生活をかけて、限界に近い努力を重ねてきて、やっと出場権を手にした五輪がなくなってしまっていたら、次のことなど考えられなかっただろう。東京は中止になったので、パリまであと3年間頑張ってください、なんて言えたものではない。選手にとっては開催されたことだけでもありがたい話だったろうし、だからこそ出場選手は一緒に乗り越えていく仲間だという意識もあった。今回の五輪は、身体論というより精神論で考えた方がいいかもしれない。

一緒になって連携して乗り越えていく。それは選手だけではない。選手村で働いていたボランティアの人たちも、大変なことを懸命にやっていた。ずっと入り口に立っている自衛隊員が出入りする人を笑顔で見送っていて驚かされた。他の国ではちょっとありえない光景だろう。管理するというより、協力を促すことによって運営されていることがよく伝わってきた。協力してください、協力しましょう、という姿勢が全体を通して感じられた。運営側の態度が選手の自覚を促したのかもしれない。このオリンピックを、選手、関係者やスタッフみんなで一緒に頑張ってなんとかしましょうという雰囲気があった。

コロナ禍で無観客開催となったパラリンピックの、学校連携観戦についていろいろと議論が出されているが、パラリンピックだから見せたいという一部の意見には、インクルーシブな社会という考え方からは疑問も感じる。アスリートたちは、パラリンピックという枠組みの中で頑張っているが、選手という意味でオリンピック選手と変わらない。体が不自由な人でもこんなにすごいんだよという視点には、マイノリティーをよりマイノリティーとして扱ってしまう側面があることを忘れてはいけない。見せる見せないの前に、そもそも目的が違うように感じてしまう。

今回はテレビを通して、選手たちの頑張りぶりを十分に感じることができ、視聴者に大きな感動を与えた。オリンピックが無観客でも開催できることが証明された。スポーツにおける観客とはいったいどういう存在なのか、応援とは何なのか、ということをこれから考えていかなければならないだろう。テレビを通じてでも、選手たちの頑張りぶりは伝わってきたし、感動もできた。競技場に観客を入れるというのは、選手を勇気づける意味もあるけれど、経済的な意味の方が大きい。スポーツ観戦そのものは大きな目で見ればわれわれ自身の消費行動となってしまっている。見に行きたいと思う動機はいろいろあって、教育的目的というのもそこに含まれるかもしれない。一方で、アスリートの立場からすれば、観客がいないことで、自分たちが支えられていること、支え合っていることがより分かりやすくなったかもしれない。

オリンピックは「競争」の場であるけれど、私の頭には「協奏」という言葉が浮かんでいる。

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