新型コロナが与えてくれた気付き(ウスビ・サコ)

京都精華大学学長 ウスビ・サコ

 今年も昨年に引き続き、新型コロナウイルスの問題を抜きにしては語れない1年だった。ようやく日本においては収束の兆しが見えているが、世界的にはまだまだ感染拡大が収まらない地域もある。新しい変異株「オミクロン株」も登場し、教育に携わる者として今後も注意を怠ることはできない。

対面ができなくなったとき、学びが止まった

 そこで年の瀬にコロナが私たちに何をもたらしたのかについて考えてみたい。できなかったことばかり考えてもしようがない。私は、ある意味で気付きをたくさん与えてくれた貴重な機会だったのではないかと思っているのだ。それまで当たり前だと思っていたことが当たり前ではなくなり、その方法しかないと思っていたことが本当にそうだったのかなど、立ち止まって考えさせられたことは間違いないと思う。

 私たちの学校レベルでいうと、学びの仕方そのもの自体に課題を与えてくれた。日本はこれまでキャンパス中心の教育しかやってこなかった。児童・生徒・学生が学校に行って初めて教育が受けられるというシステムだ。私はこのやり方は大変意義のあることだと思うのだが、それができなくなったときに多くの場合、学びが止まってしまった。

 これでは教育の内容と質が保証できなくなると受け止められたが、よく考えたらこれまでもオンラインで通信による授業というのは一部の教育事業で行われており、その成果も出ていたわけだ。でも私たちを含め多くの教育の現場ではそれを取り入れてこなかった。やはり各学校がそれまでの経験に甘えて、教育とは対面で行うものだと思い込み、万が一に備えた準備をしてこなかったことが背景にある。対面による教育以外の発想がなかったのだ。

パンデミックで日本のIT化が進んだ

 そもそも日本の教室というのは、このネットの時代にも関わらず、通信環境がほとんど整っていない。しかも、学生たちもスマートフォンは持っているけれど、自宅では通信環境がなくパソコンもないといった事情があった。ちなみに私たちの大学では、学生たちに内外を問わず5万円の給付金を支給し、それぞれに必要な通信環境を整えるように促した。これからは教室をスタジオ化して、そこから授業を配信するような本格的な仕組み作りが必要となってくるだろう。

 確か日本はIT、ICT先進国と言っていたのではなかっただろうか。でも実情はそうではなかったことが今回明らかになってしまった。話は飛ぶがワクチン接種を巡る騒動のときもデジタル敗戦とやゆされた。社会で進むテレワークなどもそうだが、わざわざ職場に学校に行かなくても、端末と通信環境があればできることはたくさんある。皮肉なことにパンデミックによって日本のIT化が進められることになった。

学校は以前より寛容になった

 ハードの面だけでなく、私たち教職員の意識改革も進んだように思う。学校側の究極の目的は、学生に学習の面で不自由させない、質を担保した教育を継続するということに尽きる。さすがに、この緊急の事態に多くの教職員は最初かなり戸惑うことも多かった。コロナを巡るデータは多くあり、予備知識のない私たちには、どれを信じて分析したり判断したりしていいか分からないことがしょっちゅうだった。

 学校というのはどうしても前例踏襲が多くなるところだが、連日生じる課題に頭を寄せ合いながら対応しているうちに、結果として以前より寛容で柔軟な体制になったのではないかと今となっては思える。「こうあるべきだ」というところから、「いやこういった方法もある」というように、解決に幅を持たせられるようになったと感じている。これは渦中では非常に大変な経験ではあったけど、これからの学校現場にはとても役立つことだろう。

既成の思考にとらわれない姿勢が大切

 学生たちも成長した。実はコロナを巡る騒動自体が一つの勉強だったと考えることもできる。私たち大人はどうしたらよいのかと右往左往したが、子どもや若者たちにとってはめったに経験できない世界の歴史的な時期を過ごしていたことになるのではないだろうか。小さなことでいうと、例えば当初大きな問題となったマスクの流通に関しても、それがどこで作られているのか、どうしてそれが自分たちのところに回ってこないのかなど、ささいなことかもしれないが、それは世界経済の問題であったりする。そういったことを生活に寄せて切実に感じ取ることができたのではないか。そんな実感を持って学べる機会はそうそうない。

 ただ学生たちを指導する立場からいうと、残念ながらやりたくてもできなかったこともある。私たちの学問の真髄は、学生をフィールドに出して、社会や異文化と接続する中で経験を通じて自己変化を認識してもらうことにある。学校の中で学ぶところは何とかがんばって維持できたが、そういった面では実践することが厳しかった。

 このような経験をした社会はもうコロナ以前と同じには戻れないだろうと考えている。戻る必要もない。今回突き付けられた課題を超えて、よりよい社会を目指していくべきだろう。既成の体制や思考にとらわれない柔軟な姿勢が大切だ。それがこれからも起きるであろう、さまざまな変化に対する処し方ではないだろうか。

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