働き方改革のために、今こそ教育制度改革が必要だ(喜名朝博)

東京都江東区立明治小学校統括校長、全国連合小学校長会顧問 喜名朝博

改善を示せなかった2つの調査

 2021年末、文科省は2つの調査結果を公表した。詳細はすでに教育新聞も報じているが、「令和2(2020)年度公立学校教職員の人事行政状況調査」では、精神疾患による教職員の病気休職者は19年度よりわずかに減少した。しかし、ここ10年は5000人前後の高止まりで推移しており、状況は何も改善されていない。

 また、女性管理職の割合は21.1%と、過去最高の割合となったことは一般紙でも取り上げられた。ただ、小学校教職員の男女比率を考えれば、もっと多くてもよいはずである。国立女性教育会館の調査でも、管理職になりたいと答えた教員は、男性は29.0%だったのに対し、女性は7.0%という低い数字であった。子どもたちにとって身近な社会である学校として、決して正常な姿ではない。

 もう一つの調査「令和3(2021)年度教育委員会における学校の働き方改革のための取組状況調査」は、昨年度のコロナ禍による臨時休校などに鑑み、19年度との比較が取り上げられている。時間外勤務月45時間以下の割合が増加し、過労死ラインと言われる月80時間を超える割合も減ってはいるが、改善されたとは言い難い。

 また、基本的には学校以外が担うべき業務として示された、登下校に関する対応は60.3%と改善しているものの、学校徴収金の徴収・管理は33.0%となっており、依然として公会計化などの動きは鈍い。

 2つの調査結果から共通して言えることは、結局、学校における働き方改革は進んでいないということである。

教師が担う仕事を減らすか、学校に人を増やすか

 学校における働き方改革の本旨は、教員の長時間勤務解消であり、その改善策は至ってシンプルである。学校や教師が担う仕事を減らすか、学校に人を増やすかしかない。

 前者については、文科省の3分類に基づき、学校以外の人材にアウトソーシングする動きがある。調査では設置者ごとの取り組み状況も示しているが、他地区のベストプラクティスに学んだり、切迫感をもって取り組んだりしているようには見えない。設置者による取り組み格差が教育環境格差となり、教育の質的格差へと広がることが懸念される。

 後者については、教員業務支援員などの配置が進んでおり、成果が見え始めている。さらに全学年での35人学級の実現や、来年度から予算措置される小学校高学年の教科担任制による持ちコマ時数の削減が期待される。

学校システムそのものが制度疲労を起こしている

 県費負担教職員の1日の所定勤務時間は、休憩時間を除くと7時間。子どもたちの在校時間が6時間だとすると、授業準備や学級事務、校務分掌に充てる時間は1時間ということになる。当然のように休憩時間も仕事をし、退勤時刻を過ぎてやっと授業準備のための自分の時間が始まるのである。そもそもこの働き方に無理がある。

 教師の職の本分である授業準備に時間がかけられないのはおかしな話だ。この矛盾を給特法の教職調整額4%で補填(ほてん)しているというのも説明にならない。若手教員が増え、授業準備にも時間がかかる。さらにそれを指導する教員の負担も増えるばかりだ。

 学校における働き方改革の対応は、全て対症療法的対応であり、根本的な解決にはなっていない。学校というシステムそのものが時代の流れに取り残され、制度疲労を起こしていると考えれば、小手先の対応ではなく、抜本的な制度改革が必要でないだろうか。

寺子屋方式の復活で個別最適な学びを保障してはどうか

 今年は学制発布150年の記念の年だ。学制以前に子どもたちの教育を担っていた寺子屋は、無学年制で個別の指導が中心だったという。現在の一斉指導が一般化したのは学制以降のこと。社会は大きく変化しても、その基本スタイルは150年間、何も変わっていない。

 一方で、学校や教師に求められる要求と期待は年々膨らんでいる。人口減少という厳しい時代を生きる子どもたちに必要な教育の内容は、学習指導要領や中教審答申で示された。しかし、そのためのシステムは基本的に何も変わっていない。旧態依然とした教育制度の中で無理を通そうとしているだけだ。

 教育制度改革の一つとして寺子屋の復活を提案したい。現行の年齢主義・履修主義に基づく学校教育は、協働的な学びの場として給食までとする。午後は課程主義・修得主義による無学年制の寺子屋方式によって子どもたちの興味・関心や資質・能力に応じた指導を行うことで個別最適な学びを保障する。担当教員も分ければ、子どものいない時間に十分に授業準備ができるだろう。教育内容や方法を変えるなら、それに見合った教育制度改革を行うべきである。

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