教員育成 リフレクションによる個別最適化が大切(喜名朝博)

東京都江東区立明治小学校統括校長、全国連合小学校長会顧問 喜名朝博

多様化する若手教員

 文科省が初めて実施した「教師不足」に関する実態調査で、日本の学校の危機的状況が数字として明らかになった。同時に示された教員採用選考の倍率も危機的状況を示している。小学校では過去最低の2.6倍となり、若者の教員離れが加速している。選考と呼んではいても、必要数を確保するための競争試験になっているのが実情だ。

 合格しても一定数が採用を断っており、教師不足の要因となっている。「令和の日本型学校教育」の構築を目指すなら、優秀な人材を確保し、学校の環境を整えることが最優先ではないか。

 ここ数年続いている採用選考倍率の低下は、若手教員の多様化と資質・能力の格差を広げた。教師という職は「先生になりたい」という思いだけではやっていけない。もちろん、いい先生を目指すという原動力にはなるかもしれないが、養成の段階でどこまで意識して自らを高めてきたか、教育実習で自らの課題を見いだすことができたかといった時点で既に大きな差が生じている。

 それでも、採用選考に合格し学校に配置されれば、子どもたちからは「先生」と呼ばれる。子どもたちや社会の変化に対応し、子どもたちに変化を生み出す力を身に付けさせていくために、教師こそ学び続けなければならない。若手教員育成の肝は、学び続ける方法を身に付けさせていくことである。

自分の行動を振り返り、気付きを深める

 初任者研修では教師の基本や教育課題について学ぶ。しかし、それが日々の指導に生かされなければ意味はない。教師にとっての研修は、学び続ける教師になるためのきっかけでしかないのだ。日々の実践の質を高めていくことが教師の成長であり、若手教員の多様性に対応するためには、育成においても個別最適化が必要だ。

 その手法の一つとして「リフレクション(振り返り・省察)」を軸にした育成を進めていきたい。自分の行動の背景や事象の捉え方に焦点を当てることで自身への気付きを深め、自らを高めていく手法である。既に授業研究の手法として学校にも浸透してきているリフレクションは、人材育成の場面でも注目されている。

 教師の1日は慌ただしい。下校後も会議や打ち合わせが続くが、それらの業務も人材育成の場として位置付けていくのが本来のOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)の在り方だ。その後の時間や隙間時間が明日の授業の準備や学級事務ということになるが、最も大切な今日の振り返り(リフレクション)ができていない。

 その余裕がないということもあるが、授業や子どもたちとの関わりを振り返り、もっとこうすべきだったとか、声掛けの仕方はあれでよかったのか、といったリフレクションがなければ自らの課題は見えてこない。結局、明日も同じことを繰り返すかもしれない。

 日々のリフレクションを習慣化することが学び続ける教師への道であるが、ここには先輩教員のサポートが必要だ。それは、質問によって深まっていく。1時間の授業を振り返りながら「なぜ、そこでAさんを指名したの」「板書しなかったのはなぜ」のように質問し、自らの教師としての行動を振り返らせていく。リフレクションは自身への具体的な気付きを生み、自身の課題を明確にしていく過程である。

 先輩教員は彼らの気付きを大切にし、アドバイスし過ぎないことが肝要だ。そうでなければ、教師の主体的に学ぶ力は保障されず、学び続ける教師になるためのリフレクションが身に付かない。

「反省的実践家」としての教師

 熟達した教師は、授業をしながらでも、子どもと関わりながらでも、自らの指導をモニタリングし、修正を加えていくことができる。米国の哲学者ドナルド・ショーンが言うところの、「反省的実践家(reflective practitioner)」の姿である。それは、指導と同時にリフレクションしている姿である。若手教員も自らの行動とそのリフレクションのインターバルを短くしていくことで熟達していく。

 そして、最も重要なのはリフレクションの視点である。理想の姿を想定していなければ、独りよがりになってしまう。それを補完し、リフレクションの視点を得るのが研修であり、先輩教員のよい指導を見ることに他ならない。

 「教師なら、これぐらいはできて当然」というわれわれの思い込みも捨て去る必要がある。若手教員の多様性を前提にするならば、個別最適な育成方法をとっていくしかない。そして、校長を先頭に学校が学び続ける教師集団であることが必要である。

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