「子どもに教えるのはいいけど、大人にはちょっとね」(中原淳)

立教大学教授 中原 淳
子どもに教えるときには、より権力を使える

 「子どもや学生に教えるのはいいけど、大の大人にはあまり教えたくない」。都道府県の教育センターなどで教えることになった学校現場の先生方、指導主事の方々、教育委員会の方々から、そういう声を聞くことがある。個人的には「重要なポイントは、それほど、変わらないはずだ」と思う。が、なぜ、教える側は「子どもや学生に教えるのはいいけど、大人に教えたくない」と感じるのだろうか。これについて考えてみた。

 大きな違いは「子どもに教えるときには、より権力を使えること」だろう。先生は「大人」、学ぶ側は「子ども」であるならば、そこには知識差や年齢差がある。立場の偏りから、子ども相手には「いいからやりなさい」と言える。子どもは「白紙」の状態と考える人もいる。一方的に「染めやすい」と感じられる。子どもも「先生が言うのだから、仕方がない」になりやすい。

 一方、大人は、そうはいかない。先生は「大人」、学ぶ側も「大人」なので、子どもに行使してきた「権力」は思ったようには使えない。「いいからやりなさい」では、大人は動かない。大人が学ぶのは、学ぶ意味・目的に腹落ちし、自分の仕事に関連があると思ったときだ。大人は、過去にたくさんの経験を有しているので、一色に染めるのは、不可能だ。

 さらに言えば、大人は、教師を値踏みする。自分が学ぶときには「この講師は、現役時代に実務でどういうパフォーマンスをみせていたか」ということまで考える。実績を残していないと、説得力がなくなってしまう。そう考えていくと、大人と子どもで教える難しさが異なると感じてしまうのは、仕方がないことなのかもしれない。

大人に教えるときに気を付けたいこと

 私は仕事柄、ビジネスパーソンや社会人相手に「研修」で教えることも多い。そのときに、いつも心掛けていることは、「相手の大人は、自分の話など、聞きたくもない」ということを「前提」にしながら、授業を組み立てることだ。彼らのニーズに応えるものしか、結局は教えることはできない。

 だから、冒頭のタイトル「『子どもや学生に教えるのはいいけど、大人に教えたくないな』と思うときに、ちょっぴり気を付けたいこと」というのは、今まで、自分は「権力に甘えてこなかったか」ということに尽きる。もう一度、虚心坦懐(たんかい)に、自己の実践を振り返り、教える技術を学ぶ機会につなげたい。

 ちなみに、大人に対して、自分の教えたいことをどういうふうに伝えていくかという技術を磨くことは、子どもに対して教える時にも必要とされていることなのだ。

 人をうまく教えることができるようになるには、トレーニングを受けるのが一番いい。人材開発の世界では、教えるためのトレーニングを、Trainer’s Training(TT)とか、Train the Trainer(TT)と言ったりしている。そこには大きく分けて5つの要素が必要になる。

  1. 【経験】授業をする経験を多様に持つこと
  2. 【フィードバック】授業の登壇経験に対して、多種多様なフィードバックをもらうこと
  3. 【リフレクション】登壇経験やフィードバックを通して、自分を見つめること
  4. 【評価】登壇経験について他者評価が行われ、それらをもとに、新たな目標設定を行うこと
  5. 【知識】教えること、学ぶことにまつわる知識を身に付けること

 この中では「経験・フィードバック・リフレクション・評価」のステップが、最後の「知識」よりもずっと大切になる。知識も必要だが、知識だけでは足りない。とにかくステップをきっちり回していくこと。その中で得られた知識を、また実践に生かしていくことで、教える力は向上していく。

人に教える技術を磨くには、トレーニングが必要だ

 クオリティーを重視する講師養成機関、民間研修会社になると、TTだけに1年をかけることもある。何度も何度も登壇させて、徹底的にフィードバック・リフレクション・評価をかけていき、さらには座学で学ばせる。

 民間企業でも人材育成にTTを取り入れているところは、実践を徹底している。事業で結果を出して尊敬を集めていたような人も、TTのプログラムではまったく別の評価をされて、教えることについて学んでいく。経験や話し方に対してフィードバックをもらう、リフレクションをかける、評価を受ける、知識をつける。そうやってうまくなっていく。

 人に教えるというのは難しい技術なので、練習が必要。新任教員が4月1日から担任を持たされて授業などというのは、かなりの「無理ゲー」だと思う。本来なら最低1年間は育成期間として、TTで教えることについてしっかり学ぶべきだろう。現場は人手不足なので採用後は無理だというのであれば、大学の間にインターンとしてTTを実現するなど、しっかりトレーニング期間を設けなければならない

 また、現場の先生が受ける教育や研修のプログラムは「最先端かつ最高のクオリティー」のものであるべきだ。多くの先生は、自ら学んだやり方を、自分が教えるときに再生産するからだ。自分が学んだやり方が最先端であれば、それを広めていける。

 さて、今の「教師の学び」のクオリティーは、「最先端かつ最高のクオリティー」になっているだろうか。まずは、そこから見直していきたいものである。

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