深刻な教員不足 国民全体で声を上げることが必要だ(喜名朝博)

国士舘大学体育学部こどもスポーツ教育学科教授/前東京都江東区立明治小学校統括校長 喜名朝博
新たなフェーズ

 新年度、東京都では約50校で正規教員が配置されないという事態に陥った。採用予定者名簿に登載されたものの、他の職に就いた合格者が想定数を超えたことが原因だという。他の地区でも同様の事態が発生している。常態化する教員採用選考の低倍率化は、「合格しても教員になることを選択しない採用予定者の増加」という新たなフェーズに入った。教職は、他の職と並ぶ選択肢の一つとなっているのだ。企業などの内定の時期を考えれば、保険として採用選考を受けていることも考えられる。

 かつて、教員を目指すならば、それ以外の職は考えられなかった。しかし、「何が何でも教員になりたい」という時代は終わったのかもしれない。ここには、「教員になりたい」という強い意志よりも、教職に就くことへの不安の方が大きいという現実もある。教職への魅力はどんどん薄れてきているのだ。

 文科省が行った全国調査では、昨年4月の始業日の時点で、公立の小・中学校や高校などを合わせて2558人の教員不足が明らかになった。これを受け、文科省はこの4月末に臨時の「都道府県・指定都市教育委員会教育長会議」を開催した。ここで末松信介文科相は、あらゆる手段を講じて教員の確保に取り組むよう教育長に依頼した。特別免許状の積極的な活用や退職教員の活用、教員採用選考試験の改善など、「採用のハードルを下げろ」と言っているように聞こえる。この緊急事態を乗り切る方策ではあるが、それでも人がいないのが現実なのだ。

ハードルを下げるリスクは大きい

 採用選考の低倍率化は教員の質の低下につながっている。さらにハードルを下げることのリスクは大きい。「令和の日本型学校教育」の構築を担うのは教員一人一人である。教員が足りないから免許を取りやすくし、採用選考も受けやすくするという動きがあるが、果たしてそれでいいのだろうか。教育の質は担保できるのだろうか。

 むしろ逆ではないか。教員の質は、そのまま教育の質である。力のある教員を確保するためには、養成はもちろん、採用選考も厳格化すべきである。そして、それに応えるだけの処遇と職場環境の整備が必要である。学校における働き方改革は、人を増やすか仕事量を減らすかといった単純な話であるが、どちらも実感できるほどの変化に至っていない。

 教員は、子どもたちの健やかな成長を預かる責任ある仕事だ。人の生命を預かる医師と同じように、その地位と処遇が保障されてもいいのではないか。

給特法の改正・廃止が大前提

 小学校の35人学級を実現させた2021年の義務標準法の改正の議決では、衆参ともに附帯決議が付された。その一つに次のような項目がある。「教育職員の勤務実態調査を行い、これを踏まえ、公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法その他の関係法令の規定について抜本的な見直しに向けた検討を加え、その結果に基づき所要の措置を講ずること」。

 文科省の計画では、今年がその勤務実態調査の年に当たる。長時間勤務が改善されたように見えたからといって、学校における働き方改革が進んでいるとはいえない。また、そのことで教員の志望者が増えるといった単純な話ではない。給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)の改正、または廃止が大前提である。国もここで覚悟を決めなければ日本の未来は暗い。責任を問われる決断を避け、問題の根本に触れることなく小手先の対応を続けていても、問題は深刻化し、状況は悪化するだけだ。国の将来を担う子どもたちの教育への優先順位が低過ぎる。

学生は不安を募らせている

 今年度から教員養成の場に身を置くようになり、こんなにも真摯(しんし)に教員を目指している学生がいることに感動すら覚えた。小中高の免許を取得できる本学科の学生は、授業も多く忙しい。その合間を縫って採用選考の勉強会をもち、自主的に勉強している。教員採用選考試験の過去問をもって質問に来る学生も多い。彼らは皆、いい先生になりたいという強い志をもっている。

 そんな彼らも、保護者対応はできるだろうか、組織の一員としてやっていけるだろうかという不安も抱えている。教職への夢と同時に、学校現場のさまざまな状況を耳にするたびに不安を募らせていくのだ。こんな学生のためにも、処遇改善と職場環境の整備に本気になって取り組んでいただきたい。学校が声を上げてもなかなか届かない。さらに言えば、声を上げる暇もないほど厳しいのだ。教育は国の未来に関わる一人一人の問題だ。どうか国民全体でムーブメントを起こしていただきたい。

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