あなたの人生とともに変化する「学ぶことの意味」(中原淳)

立教大学教授 中原 淳

 最近刊行された『嫌いな教科を好きになる方法、教えてください!』(河出書房新社)という本に、短いエッセイを寄稿している。各科目との向き合い方を、研究者や教師、アーティストなどが語るという内容の本だ。

 知り合いの編集者から依頼されたのだが、私に課されたテーマは「学ぶことって、何ですか?」というテーマ。これがずっしり、自分には重い。自分が研究しているものをド・ストレートに聞かれるのは、かなり厳しい。そこに潜む奥深さ、さまざまな研究者の意見や学説をよく知っているだけに、なかなかうまく答えられない。例えば、組織を研究している人に「組織とは何か」と聞いても、すらすら答えられるはずがない。それが分からないから研究しているのだから。

 それでも、知り合いからの依頼ということもあり、いろいろ考えたら、一つ書こうと思えることが出てきた。それは「私にとっての、学ぶことの意味の変化」である。

当時の私にとって

 最近の私は、人生の時期によって「学ぶことの意味」は、その人なりに変わっていくのではないか、と思っている。

 私にとって、幼い頃の学びというのは「解放」そのものだった。北海道出身で、故郷はとてもいい場所ではあったけれど、当時の私は「そこから出たい」「東京に行きたい」という気持ちが強かった。学びというものを通じて、18歳の時に、大学進学をきっかけに内地に出てくることができた。当時の私にとって、学びは「解放」の手段だった。

 それが次にどう変わったかというと、学ぶことは「武器」のメタファーになった。大学・大学院を出て、社会で働き始めると、それは「冒険」に近い。いろいろな業務・研究を経験し、難問と向き合う。その中で行動しながら、武器を磨く。自分の中に経験値がたまってくる。経験が経験を呼んで、成長していくことができる。社会に出てから私にとっては、人生とは「冒険」で、そこに必要な武器を経験として身に付けていくような感覚だった。RPGのようなイメージに近い。25歳で大学で働き始め、冒険はその後、20年続いた。

いまの私にとって

 それがここ最近、体調を崩したことをきっかけに、また変わることになる。この冒険の先に何があるのかということを考えるようになった。経験を積んで武器をどんどん強化して、自分は何を目指していくのか。その意味は何なのか、と。

 いまの私にとっての学ぶことの意味というのは「自らのウェルビーイング(幸福感)を高めること」が大きな意味を占めている。今の私は、誰かとともに話し合い、何かを探究したい。主観的ウェルビーイングに大きな影響をもっているのは「自分の成長が実感できること」「共にあること」だ。とりわけ、若い人たちの探究に貢献させてもらいながら、自分の伸びしろを埋めていきたい。この1、2年は特に、若い人を応援したいということをすごく考えるようになっている。

 このように、私にとって、人生の時期によって「学ぶこと」の意味は変わってきている。この本では、私にとっての「学びとは」に対する一つの答えとして記した。でも人それぞれに答えはあるはずなので、リルケの詩を引いて文章を結んだ。

 今すぐ、答えを探さないでください。
 今はあなたは問いを生きてください。
 
 この本の読者の方々には、学ぶことの意味を、自ら見いだしてほしいと願っている。

嫌いな科目があっても、大丈夫

 ちなみに書名の「嫌いな教科を好きになる方法」についても一言。私自身は、実は「嫌いな教科はあっていい」「嫌いな教科を無理に好きにならなくてもいい」と思っている。勉強しなくていい、努力しなくてもいいと、言っているわけではない。「嫌いな教科があるから、好きにならなければならない」とか、「嫌いな教科があるから、自分は駄目なんだ」とか、そんなことを思う子供がいるとすると、そんなことは気にする必要はないということだ。

 「5教科の総合点」で、私たちは社会を生きるわけじゃない。社会人になってから「5教科は何点だった」とか「偏差値は」とか聞かれることは皆無と言っていい。質問されるのは「あなたは何ができるのか?」と「あなたは何がしたいのか?」だけだ。つまり「苦手な科目」があるからと言って、なにも悲観する必要はないのである。

 私自身も苦手な科目はあった。とかく、教育現場には「5教科総合主義」が染み付いている。

 「全教科できなければならない」「できれば好きにならなければならない」という規範が強く働いているような気がする。それが子供から自己効力感を奪っている気がする。

 「教育機関の持っている物差し」と「世の中の物差し」は違うものだし、時代によっても物差しは変わっていく。物差しから、私たちは自由になった方がいい。

 嫌いな科目があっても、大丈夫だ。

 社会では、それは誰も気にしない。

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