提言 次期学習指導要領


12月21日に答申された次期学習指導要領は、来年3月に告示される。新たな学習指導要領への提言を、安彦忠彦神奈川大学特別招聘教授、陰山英男立命館大学教授(立命館小学校校長顧問)、鈴木秀幸静岡県立袋井高校教諭(中教審総則・評価特別部会委員)に寄せてもらった。

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神奈川大学特別招聘教授 安彦忠彦

 

マニュアル化を生み出す心配も

安彦教授次期学習指導要領の「総則」は大きく様変わりして、ある意味で単純なものになる。その点について「答申」では、「第4章 学習指導要領等の枠組みの改善と『社会に開かれた教育課程』」で、次のようにある。

「(新しい学習指導要領等の考え方を共有するための、総則の抜本的改善)(前略)学習指導要領等には、教育課程に関する基本的な事項を示す要として、総則の章があるが、(中略)この総則の位置づけを抜本的に見直し、前述の①~⑥に沿った章立てとして組み替え、後述する資質・能力の在り方や『アクティブ・ラーニング』の視点も含め、必要な事項が各学校における教育課程編成の手順を追って分かりやすくなるように整理することが求められる」

ここで「総則」の章立てにするといわれている①~⑥とは、①「何ができるようになるか」(育成を目指す資質・能力)②「何を学ぶか」(教科等を学ぶ意義と、教科等間・学校段階間のつながりを踏まえた教育課程の編成)③「どのように学ぶか」(各教科等の指導計画の作成と実施、学習・指導の改善・充実)④「子供一人一人の発達をどのように支援するか」(子供の発達を踏まえた指導)⑤「何が身に付いたか」(学習評価の充実)⑥「実施するために何が必要か」(学習指導要領等の理念を実現するために必要な方策)――である。これらは「カリキュラム・マネジメント」のP―D―C―Aのサイクルを成すものであり、従来の「総則」の役割が「各教科等において何を教えるかということを前提に、主に授業時間の取り扱いについての考え方や、各教科等の指導に共通する留意事項を示すことに限られていた」(答申)とされているものとは大きく異なる。

この改善は、実は昭和26年の学習指導要領の総則と外見上は非常に似ているが、当時の学習指導要領は「試案」として示され、各学校の教師のガイドブック的なもので、「法的拘束力」をもつ現在のものとは基本的性格が違う。今回の「総則」は、この意味では、従来のような国の基本方針と共通の留意事項といったものではなく、教育課程そのものおよびその編成全体を規制する性質のものである。この点は、世代交代の進む教職員にとっては親切な指針ともいえるが、「法的拘束力」を持つために、学校現場の教員の活動の全体が一定の枠内に限定され、形式的に上滑りする方向で、マニュアル化する動きの出る心配がある。
他方、個別的なコメントとしては、③「どのように学ぶか」という指導過程・指導方法などについては、繰り返し教員の創意工夫が求められることを明記しており、これまでの審議過程で心配してきた、学習指導要領に細かい記述はしないようだが、「別添資料」に、各教科等に、求められる「学習活動」がかなり具体的に記述されているので、これが実際に強く学習活動の幅を規制する心配がある。

もう一つは、「各教科等の特質に応じた見方・考え方」の一覧表が「別紙1」として示され、「審議のまとめ」ではそれが「総則」の別表とされるといわれたが、この点については、もしそうするならば、「答申」に「子供たちが学習や人生において『見方・考え方』を自在に働かせられるようにすることにこそ、教員の専門性が発揮されることが求められる」と強調されているように、従来の学習指導要領のそれとは異なり、「見方・考え方」を「活用のツール」として見ており、それを一面的に強調して、「活用する際の基準」または「教養の中身」としての価値を軽視しているのは問題である。何でも「活用」に結び付けようとすることの弊害が、いずれ出てくるであろう。

さらに、「カリキュラム・マネジメント」の重要性は否定しないが、それによって「(中略)新しい教育課程の考え方について理解を深めることができるようにするとともに、日常的に総則を参照することにより、(中略)『カリキュラム・マネジメント』を通じた学校教育の改善・充実を実現しやすくする」として、依然として「カリキュラム・マネジメント」をうまくやれば種々の困難な問題は解決するかのような、万能薬のようにいわれている印象が拭えない。うまくやるための条件をこそ「総則」で示すべきではないのか。

最後に、「審議のまとめ」では、かなり教育課程全体の基盤に「持続可能な社会・環境づくり」というESD(持続可能な開発のための教育)の理念を文字としても入れていたが、「答申」ではそれが本文から削られ、「注」の方に移されている。これは、筆者から見れば大きな後退であり、嘆かわしいことである。最後の段階でどういう意見があったのか分からないが、2030年ばかりが強調されていて、21世紀全体を展望していないことが一因だと思う。

元来、教育課程全体の基盤に位置付けるべきもので、「総則」の前文に基本方針として明記すべきものである。

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立命館大学教授(立命館小学校校長顧問) 陰山英男

 

指導要領の弾力的運用が重要

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21世紀に入り、ゆとり教育批判による学力低下問題が噴出し、高い学力形成が学校に求められてきた。しかし、この要求を正面から受け止める形で、国際的な学力調査においては、その順位を上げ、また、成人の学力についても世界トップクラスであるということが実証されてきた。

さらに、全国学力・学習状況調査などの活用により、地域間、学校間の教育の格差も縮小傾向を見せてきている。

こうした改革の達成の上に、21世紀後半を見定めた社会を想定しつつ、教育はどうあるべきかという未来志向で、新たな指導要領は形成されてきている。

ひとつには、大学入試改革に象徴されるように、学んだ内容のみならず、学び方そのものも主体性を求められるようになってきた。主体的な学習というのは、戦後教育の中で長く追究されてきた。しかし、ひとつ違うのは「自分の苦手なところはよく復習をしておきましょう」というような態度論ではなく、反転授業に象徴されるような、予習をしながら、学習の主体が自分自身であるというように、一見同じような言葉が使われていても、その内実は大きな転換を求められている。

一方、今後の社会を考えたとき、国際化やICT化は社会の基盤となってくるものであり、英語学習やICTの活用が、従来の基礎学習に匹敵する重みをもって取り組まれるべきだと語られている。

ただ、それは、学校5日制の中で授業時間の削減を一方で行いつつ、よりさまざまな学習をするという点においては、従来とは違う、特段の工夫がなされなければならないと感じている。

最近、子供たちの不登校や問題行動が急増している。次の指導要領の転換においては、しっかり踏まえておかなければいけない現実だと思う。要は、限られた時間や予算の中で、いかに効果的、効率的な指導を行うかということが最も大きく問われてくるだろう。

その点で、カリキュラム・マネジメントという言葉が強く語られるようになったのは、アクティブ・ラーニングの実現にはその観点が不可欠だからということである。

すでに英語学習については、1時間は45分の授業としても、残りの1時間分を15分×3回に分割するモジュール授業の活用なども提起されている。もともとこれは、私が広島県尾道市にある土堂小学校の校長時代に、読み書き計算の徹底のために考え出した手法である。

そして、それは現在、『帯学習』というような形で全国的に展開されているが、これからは、学校全体の指導目標に即して、これをどう効果的に埋めていくかという視点が重要である。

その点で、小中一貫校などでは、義務教育においても指導要領の弾力的運用を認めるという方向性は、まさしくカリキュラム・マネジメントの重要性のひとつの表れだと思う。

ただ、これについてはもともと教育課程では、学校が定めるものとして、学校教育の根本的な原則を具現化するものともいえるだろう。私は、こうした基本的な方向性というものが適切なものだと考えている。

もう1点、注目している点がある。それは、小学校の低学年での指導。英語教育やプログラミング教育など、さまざまな新たな課題が提起されているが、これは、主には中学年から高学年の教育内容に大きく関わる。

しかし、この高度で新しい教育を指導し、その目標を達成していくためには、子供たちの低学年の段階での、基礎的な学習能力の形成が不可欠であると感じている。

現実的には、算数の内容が、以前は中学年で学ぶ内容だったものが低学年に下りるなど、その負担はより大きなものになっている。しかし、それをこなすだけの指導についての具体的な提言というのは、やや弱いのではないかと思っている。

近年の子供たちの問題行動が、小学生、またそれも低学年での荒れの問題も起きている。

私個人としては、こうした新しい時代の教育を達成していく上において、そのカギとなるのは、小学校低学年、とりわけ1年生の指導が決定的に重要であると感じている。

学校現場は、とぎれなく指導を行っていく必要がある。時代の流れに遅れることなく、今、重要なことを今なしていくという気構えを持ち、新しい教育に挑戦していく構えが、学校には求められていると思う。

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静岡県立袋井高校教諭(中教審総則・評価特別部会委員) 鈴木秀幸

 

新教育課程で評価はどうあるべきか

%e9%88%b4%e6%9c%a8%e7%a7%80%e5%b9%b8今年は、わが国の教育課程の構成原理を見直す重要な年になると考えている。すでに8月の教育課程企画特別部会の論点整理で、教育課程改訂の方向が示されているが、具体的な中身については総則・評価特別部会や、各教科別等のワーキンググループで11月から議論が始まった。

今回の学習指導要領の改訂は、これまでの改訂の基本原理とは異なったものになると考えられる。教育課程の編成方法に関する考え方をカリキュラム構成論というが、今回の改訂では、これまでのカリキュラム構成方法を一部転換することが必要となる。従来のわが国の教育課程の改訂は、主として学習内容(どの学年でどのような知識を学習させるか)を中心に行われてきた。

しかし、技術や社会の変化が激しい現在では、学校で学習させた知識が陳腐化してしまうことがあり、変化に十分に対応できなくなっている。

そこで、知識そのものを生みだしたり、これまでなかった問題や課題にも対処したりできるような能力や技能、資質を育成することが必要と考えられるようになった。このような資質や能力を中心に教育課程を編成するカリキュラム構成論を、プロセス中心のカリキュラム構成論という。今回の改訂は、これまでの学習内容中心のカリキュラムの構成に、プロセス中心のカリキュラム構成の考え方を一部導入しようとしたものと考えられる。

新学習指導要領でのカリキュラム構成原理の一部変更は、評価の在り方にも影響する。これまでのわが国の評価の基本的な仕組みは、学習内容中心のカリキュラムに適合するものであった。

つまり、学習すべき知識をどれだけ習得したかを、主としてペーパーテストを用いて、正解した問題数をもとに評価する方法を用いてきた。正解が多ければ「十分満足」、これより少ない正解数であれば「おおむね満足」と数値的な評価をしてきたのが実態である。このような評価方法をドメイン準拠評価という。しかし、知識の習得量の評価に適した、このドメイン準拠評価を思考力や判断力の評価にまで無意識に使用してきたのが、これまでのわが国の評価である。それというのも、現在のような観点別評価を導入した平成元年の改訂の頃には、知識の評価に適したドメイン準拠評価しか、わが国では知られていなかったためである。

しかしながら、思考力や判断力の育成が必要であるとの認識が広まるにつれて、思考力等は正解数で評価できるものではなく、その特徴や洗練の程度を評価すべきものであることが分かってきた。

そこで登場したのがスタンダード準拠評価である。今回の改訂では、思考力等の観点の評価には、これまでのドメイン準拠評価を用いるのではなく、スタンダード準拠評価を用いて評価するように改訂する必要がある。

新学習指導要領が、これからの社会が直面する問題や課題に対処できる人材を育成できるかは、スタンダード準拠評価を導入できるかどうかにかかっているといっても過言ではない。

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