生物教育の現状とこれから 重要語リストどう捉えるか

重要語リストの影響を議論する東京都生物教育研究会のメンバー
重要語リストの影響を議論する東京都生物教育研究会のメンバー

高校の生物の教科書で扱う重要語句が膨大すぎるとして、日本学術会議が重要語リストを作成し、用語を512にまで絞った。その選定作業を行った研究者の間では、「高校の生物が暗記教科になってしまっている」という懸念があったと、中野明彦東京大学教授は教育新聞の取材に語った(電子版11月2日、本紙11月13日号)。実際に高校で生物を教えている教員は、学術会議の重要語リストをどのように受け止めているのか。都内の公立・私立高校の生物教員らで作る東京都生物教育研究会に、生物教育の実際を聞いた。(藤井孝良)


 

▼教科書の用語は青天井

話を聞いた会員は、都立国立高校の大野智久教諭、板山裕教諭、都立国分寺高校の市石博教諭、都立国際高校の佐野寛子教諭、文化学園大学杉並中学・高校の奥津憲人教諭の5人。

まず、現在の生物の教科書にある重要語句の多さについて聞いた。

奥津教諭は「普段教えていても用語が膨大にあり、特に太字扱いの用語が多い。教科書の出版社によっても量に違いがある」とし、市石教諭は「現行の学習指導要領で新しい内容に対する用語が入ってきたのに加え、教科書会社が旧版に載っていた用語も残すなどしたため、青天井に広がってしまった面はある。検定でどんなに用語が多くても、内容に間違いがなければ通る」と指摘した。

学術会議が懸念したように、教科書によって重要語句の扱いや量に違いはあるものの、やはりその数は多いようだ。

また、教科書の用語の多さは実際の授業にも影響が出ているという。

佐野教諭は「私は実験を中心に授業を組み立てるが、教科書通りに授業を組み立てるタイプの先生は、教科書に振り回されていて、コマ数も足りず、実験をする余裕もない」と話した。「生物の授業はワークシートに穴埋めさせるだけ」という授業も見かけるそうだ。

生徒にとって生物が暗記教科と思われている面は確かにあるようで、「文系に進む生徒は物理・化学より生物」「理系に進むなら生物ではなく物理・化学」という傾向はあるという。

▼15年先も通用するか

そのような状況で、学術会議がまとめた重要語リストについては、どのように受け止めたのだろうか。

奥津教諭は「用語を限定したのは意味があるが、委員を見ると、現場の視点が入っていない」と印象を語った。

板山教諭も「ここまで思い切った形で整理し、準拠となるものができたのは意味がある。ただ、これは学術用語としてなのか、教育用語としてなのか。文系の生徒も生物を学ぶので、教育用語として捉えなければならない」と指摘した。「生物基礎」までで学習を終える生徒もいる中で、何を学んでほしいかを明確にするのも重要な視点だとした。

市石教諭は日本生物教育学会でも現在、学習指導要領の内容を説明するために必要な用語の選定作業を行っている経緯に触れながら、「2000語のうち500語あれば、教えるのは妥当な量ではないか」と話した。

5人とも、個別の用語で気になるものはあるが、重要語リストのコンセプトや方向性についてはおおむね一定の評価をした。

また、今後どのように改訂作業を進めていくかもポイントになりそうだ。

大野教諭は「入試で用語を聞くから教科書も分厚くなる。だから、大学入試で用語を聞くようなものはやめようという、学術会議からのメッセージではないか」とした。

その上で「この重要語リストの整理の仕方は、現行の学習指導要領にある『生物基礎』と『生物』という科目の枠組みで構成されていて、15年先の生物教育にフィットするかどうかは疑問だ」と指摘した。

生物分野では、例えばゲノム編集など、次々に新しい研究が生まれるため、用語もダイナミックに変化していく。実際に10年前と現在の大学入試問題を比べると、教科書は同じでも、問われている内容がまったく違うという。最新の研究を扱った問題もあり、高校教員がその問題を通じて初めて知る内容も少なくないようだ。

市石教諭はその状況を「生物は国語でいうところの現代文に当たる。理科の中でも最先端の内容が入ってきている」と評した。

▼入試や教科書も変わる

大学入試や教科書に対し、どのような改革を求めるかも聞いた。

市石教諭は入試問題を作る大学側に対して、「大学は、教科書に載っているからといって、学習指導要領をちゃんと読まずに入試問題を出さないでほしい」と訴えた。

教科書について、奥津教諭は「日本の教員文化では、書いてあるのは全部教えなければならないという意識がある。その文化がなかなか変わらないなら、量を減らして、授業でさまざまな活動ができるように余裕を作らないといけない」と話した。

これからの生物の教科書に求めるものとして、大野教諭は「問いが中心の構成になるべきだ。現状は説明をしてそれを理解するというものになっている。アクティブ・ラーニングをやるにしても、問いがなければ活動は生まれない。さらには、答えのない問いも重要だ。答えがないものを扱うのに不安を抱く教員もいるだろうが、そういうものを楽しんで取り組めるようにしないといけない。その先に、生徒が自分で課題を設定するような活動もある」と語った。

▼これからの生物教育とは

次期学習指導要領の改訂や大学入試改革を前に、生物教育はどのような方向に進むべきなのか。

「学習指導要領にある習得・活用・探究が重要だ。いままでは用語を覚えるだけの習得で終わっていた。本来習得は、活用を前提としたものでなければならない。重要語リストも、この用語を使って生物の問題を説明したり論じたりするときに必要な言葉でなければならない」と大野教諭。

奥津教諭も「人間も生物。学んだことが自分や社会にどう関わっているかを考える授業にしなければいけない。活用しなければ『知っておけばいい』だけになってしまう」と、自分自身や社会とつなげた活用の重要性を挙げた。

市石教諭は「その概念を知って物の見方や考え方、場合によっては生き方までも変えるものでなければならない。例えば、生物多様性から自分はこれからどう行動するかを考えたり、体の仕組みから健康について考えたり、さらに探究していったりするようなところにつなげないといけない。単位を取るため、入試で合格するための授業ではだめだ」と強調した。

「目の前で起こっている事象に対して、自分なりの分析と概念を知り、その概念で培ったものを生活で生かせるというストーリーを生物で学べたら、他のものにも役に立つと思う」と佐野教諭は述べ、板山教諭は「生物基礎では、高校で生物を学ぶ最後になる生徒もいる。社会に出たとき、新聞などに当たり前に出てくるDNAや遺伝子診断という言葉に、取っ掛かりをつくるための用語が求められるのではないか。受験での重要用語と社会で必要な重要用語は違う視点で考えないといけない」と補足した。

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▼取材を終えて

学術会議の重要語リストを通して、日本の高校で教えられている「生物」の問題点について、研究者と学校現場、それぞれの立場の考えを聞いた。

「生物は暗記教科ではない」という問題意識は、研究者と学校現場で共通した認識であり、目指すべき方向性も一致していると感じた。

重要語リストは、知識の習得に最低限必要な用語の基準として、次期学習指導要領や教科書、大学入試に大きく影響するものと思われる。ただし、今後は研究者と学校教員が双方向に、日進月歩で変わっていく生物学を子供たちにどう教えていくべきか、リストに採録する重要語の改訂や授業の在り方などについて、恒常的に活発な議論を行い、交流を図っていくべきだろう。

また、同様の議論は高校の他教科にも当てはまる。立場を超えて、これからの社会を支える高校生に、この教科・学問がどう貢献するのか。次期学習指導要領には間に合わないかもしれないが、熟議の必要性が問われているのではないだろうか。

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