【シリーズ 先を生きる】 対談 膨張する公教育(2)

eye-catch_1024-768_saki-taidan02共に民間出身である、横浜市立中川西中学校の平川理恵校長と、札幌新陽高校の荒井優校長による対談「膨張する公教育」の第2回。これまでの公教育がもたらした、学校現場の「思い込み」について語り合った。コーディネーターはTeacher’s Lab.代表理事の宮田純也氏。


これまでの公教育システムの代償

公立学校の中にフリースクール

――これまで、学校が全然変わっていないと批判される中で、教員はいろいろ頑張ってきた。学校教育が成し遂げたのは、どんなことなのでしょうか。最低限のセーフティーネットとして、読み・書き・そろばんを教え、ある程度普通に暮らしていけるようにするなど、いろいろあると思います。一方、エリート的な教育から見れば一律、同じ水準にしてきたのが問題であるという意見もあります。学校現場からの視点では、どうなのでしょう?

公立の中川西中学校に開設されたフリースクール
公立の中川西中学校に開設されたフリースクール

平川 世の中の変化で大きく変わったと思うのが、生徒指導ですね。今年はまさにその転換点。昔はヤンキーが典型でしたが、子供たちはある意味で、とても分かりやすく自己表現していた。しかし今はもう、「内に内に」こもってしまっている。だから、これからは特別支援と合理的配慮を中心に据えなければいけないと思っています。しかし、どの教委もまだまだ抜けきれないですね。

――なぜ、抜けきれないのでしょう。

平川 思い込みです。それと、こだわり。「これが常識なんだ」と思っている人が多いのです。どの学校も、不登校や特別支援、合理的配慮を必要とする生徒を多く抱えています。いろいろな問題もあります。LGBTやいじめ、家庭環境の変化もあれば、貧困も。子供を取り巻く環境は、子供に一番きつくのしかかってきます。

学校の中に、フリースクールを作りました。教室には行くものの、国、数、社、理、英の全部を足しても評定が5~8にしかならないという子は、こちらから営業して「数学だけでも来ない?」などとやっています。例えば、「私、起立性障害で体が弱いので、週休4日制でいいですか」と言われたら、「いいよ」と言ってあげます。5日来なければいけないと思えば来ないけど、「週休4日だから3日来ればいい。それで何曜日来る?」と聞いて「月、水、金で」と選んでもらうんです。「朝も苦手なので、11時起床の12時のランチから登校でいいですか?」「OK、OK」と。そのようにして、その子が選択するようにすれば、絶対来るんです。学習障害の子供への支援も全部、そのフリースクールが一手に引き受けています。

本来であれば、全ての学校をそういう風にしたい。だけど今の制度では、なかなかそうはなりません。教職員定数も決まっているので、このフリースクールのために加配ももらえない。他の先生の授業を増やして、フリースクールの分を捻出しています。本校では当初、30人の不登校の生徒がいました。それがこの1年半で、2人にまで減ったんです。他の学校でそういうことを話すと「そんなことできるの?」と聞かれます。やろうと思ったらできるはずなんですが……。特色ある学校経営として、全ての子供に学習権を保障するためにそういうことをやって、何が悪いんだと思います。そもそも学校の中の人事をどこに配置するかという編成権と、教育課程の編成権は校長にあるのに、そんな文句を言われる筋合いはありません。すごい思い込みなんです。「そんなことできない」という思い込みが全ての障壁です。

荒井 僕も、いろんな行政機関と一緒に仕事しましたけど、市町村の役所よりもはるかに、学校の先生たちの方が思い込みが強いですね。「教委には逆らっちゃいけない」「文科省から言われたものはすべからく絶対」――。組織を飛び越えてやっていくスキルが弱いんじゃないでしょうか。そういう意味で平川先生は、教委をうまく使うし、うまく味方にしている。そういうスキルを持った人が経営する学校は、公立でもいろんなことをチャレンジできる。もしくは、責任を取れるのだと思います。

「標準偏差65」が部活動を神聖化させた

――かつての教師は技術的熟達者とされ、目的、目標が決まっている状態で、どれだけ速く効率的に目標を達成できるかが求められてきました。これからは、省察的実践家といって、自分をメタ認知し、省察しながら実践をしていく、ファシリテーターとしての教師に変わらなければいけないという論調が高まっています。不確実性の高い社会で、これまでの公教育でよしとされていたものが、いつの間にか行き詰まっているということが言えるのではないでしょうか。

「何のために高校に行くのかを見過ごしてしまっている」と指摘する荒井校長
「何のために高校に行くのかを見過ごしてしまっている」と指摘する荒井校長

やっぱり、偏差値で教育を縛ったりスライスしたりしたというのは、大きな功罪だと思います。もう1つは部活動です。これも、結局は偏差値に基づいているような気がしています。標準偏差65以上だと、いわゆる「いい大学」に入れる可能性が高い層です。ちなみに、標準偏差65とは全体の7%なので、40人学級ならば2人か3人です。確かに、中学では2人か3人くらい頭のいい子がいて、いい高校、いい大学に入っている。一方で、LGBTの人は、人口の約8%いると言われています。つまり、クラスで2人いれば、その分野の標準偏差65を超えているわけですね。それが、たまたま勉強に関してすごく高点数が取れた2人が、いい高校やいい大学に行くということで評価されるような仕組みになった。本来は、もっとたくさんの標準偏差65はあるはずなのに、それをたった「勉強」という物差しだけで評価してしまったのではないでしょうか。

もともと、6・3・3制が始まったとき、高校進学率は50%くらいです。今では、ほとんどの子供が高校に進学するようになった。何のために高校に行くのかを見過ごしてしまっている。社会全体のニーズでもあるのは確かです。ただ、普通高校の制度設計上は、大学に進学するための予備的な勉強をするというのが、そもそものはずです。だから、高校の授業では大学に行くための勉強を教えているわけです。例えば、うちの高校は僕が赴任するまで30%しか大学に行かなかったのですが、そうすると、7割の子たちは「何のために勉強するのか」分からなくなってしまう。それに対して何をしていくかというときに、結局、部活動だったと思うんです。そして、いつしか「生徒指導とは部活動でやっていくものだ」という空気が蔓延した。

本来、部活動は教育課程外なので、高校の主たる事業ではありません。レストランで言えば、「サービスで出てくる無料のお水」のようなものであるはずなのに、部活動を指導できる先生が生徒指導でも重宝されて、ある種の権益のように部活動が神聖化されてしまったのではないかと思います。それに対する反発は今、ものすごくある。それがここ最近の悲鳴になっていると思います。でも根本は、部活動が悪いと言うよりも、そもそもこの偏差値65以上をよしとし、そうではない高校や、大学に行かないような子供たちにどういう授業をすべきなのかということを、ちゃんと考えてこなかったことにあるのではないでしょうか。先ほどのレストランの例えで言えば「ちゃんとメニューと料理の腕で挑戦しようよ」ということです。

(第3回に続く)


平川理恵(ひらかわ りえ)

横浜市立中川西中学校校長。京都市生まれ。1991年同志社大卒業。リクルート入社。営業MVP賞を受賞、 年間で4億円売るトップセールスに。 1997年南カリフォルニア大学大学院へ留学し経営学修士(MBA)を取得。1999年起業を志し退社、 留学支援の会社を設立、事業売却まで10年間、 無借金・黒字経営を達成。2009年に校長試験を受け大阪と横浜で合格。2010年全国で女性初の公立中学民間人として 横浜市立市ヶ尾中学校に着任。現在は、横浜市立中川西中学校長として中央教育審議会教育課程企画特別部会委員にも参加。著書に『あなたの子どもが『自立』した大人になるために』(世界文化社)など。

荒井優(あらい ゆたか)

学校法人札幌慈恵学園札幌新陽高校校長。1975年生まれ。早稲田大卒業後、リクルートに入社。2008年にソフトバンクに入社し、社長室に配属。通信・教育事業に携わる。グループ会社の取締役を歴任し、2011年7月より(公財)東日本大震災復興支援財団の専務理事を兼務し、復興支援活動の責任者となる。東北の高校生が米国カリフォルニアでリーダーシップを学ぶ「TOMODACHI ソフトバンクリーダーシッププログラム」や、経済的に困難な高校生への給付型奨学金「まなべる基金」の創設などに取り組む。また、「福島県立ふたば未来学園高等学校」の開校に民間委員として関わる。2016年に札幌新陽高校の校長に赴任。スローガンは「本気で挑戦する人の母校」。

宮田純也(みやた なおや)

未来の先生展2017実行委員長、一般社団法人 Teacher’s Lab.代表理事。早稲田大学教育学部卒業。日本最大級の教育イベント「未来の先生展2017」実行委員長。一元的な目標や価値観に向かう収束型教育システムから、目標や価値観を多元的に生成する発散型教育システムへの移行を実現したいという思いから、2016年に一般社団法人Teacher’s Lab. を設立し、代表理事を務める。「未来の先生展2018」を企画中。