『君たちはどう生きるか』 教員と子供に響く理由とは?

eye-catch_1024-768_cl-up_fin発行部数190万部を超えた『漫画 君たちはどう生きるか』。本書のベースとなっているのは、吉野源三郎による同名の歴史的名著。漫画と同時発売した新装版も発行部数50万部を記録し、合わせて240万部と、空前のヒットとなっている。

慕っている叔父さんから「コペル君」とあだ名をつけられた中学2年生の少年が、叔父さんとの対話を通して人生に向き合い、成長していくストーリー。漫画版は現代仮名遣いで読みやすくなり、多くの人々から共感を集めている。児童生徒に読ませたいと、教員からの問い合わせも多いという。

これを手がけたのが、国語の教員免許を持つ漫画家の羽賀翔一氏。そして、このヒットを仕掛けたのが、村上春樹さんや林真理子さんら、多くの作家を担当してきた編集者の鉄尾周一氏(マガジンハウス取締役)だ。

両氏へのインタビューを通じ、本書が教員と、現代の子供にも響く理由を探った。


――大ヒットしている理由は何でしょう。
鉄尾周一氏
鉄尾周一氏

鉄尾 時代的な背景が挙げられると思います。この本が最初に書かれたのは、第2次世界大戦が始まる直前でした。明日も分からないような状況で、いつから戦争になるのだろうか、兵隊にとられるのじゃないかと、みんなが不安を感じていた時代です。今もある意味で、すごく似ているのでしょう。

海外の情勢が不安定だったり、国内でもさまざまな問題があったりして、「日本はどうなってしまうのだろう」と、みんなが心の奥底で感じている時代なのだと思います。

以前は働き方の本がベストセラーでしたが、今は生き方の本が売れる時代です。どうやって生きていくのか、不安に思っている人が多いことの裏返しなのかもしれません。

――学校からの評判が大変いいと聞きました。

鉄尾 この本の大きな特徴は、先生方がすごく応援してくれているということです。先生方からだけでも500通ほど読者カードが届いています。「自分が読んで、すごくよかったので生徒に薦めたい」とか、「生徒から勧められた」といった内容です。教材で使うケースもあるそうです。卒業式で生徒に配ったという話も聞きました。

先生方が今生徒に一番読んでほしいものが、読んでもらいやすい形で提案できたというのが、この本だと思っています。本当にこの本は、先生方の存在を抜きには語れません。

伝えられるメッセージがすごく素晴らしければ、別に形にこだわる必要はありません。漫画だからこそ、面白いというものもあります。ぜひ先生方にも、児童生徒さんにも、手にとって読んでほしいです。

――コペル君を見守る叔父さんの立場は、教員が共感しやすい部分だと思いました。
羽賀翔一氏
羽賀翔一氏

羽賀 先生自身も多分たくさん悩みや葛藤がある中で、児童生徒には教員としての言葉をしゃべらなくてならないということもあると思います。

叔父さんというキャラクターは、コペル君の「心の支え」になる言葉を、大人の立場から発するのとは無縁の人として描きたいという気持ちがありました。まっさらな人というか、特に役職も何もない、人と人としてのコペル君との付き合いというか、そういうものが念頭にありました。

――羽賀さんは教員を目指していたのですね。作品制作で役立ちましたか。

羽賀 大学では文学部で、国語の教員免許を取りました。誰かの人生に影響を与えられる仕事ができたら、すごくいいだろうなという憧れもありました。

その後、自分には感じたことを漫画として出すのが向いていると分かりました。

キャラクターを描くときに、キャラクターの感情になるためには、自分の似たような体験や経験を照らし合わせます。教員を目指していたから『君たちはどう生きるか』を描いたというわけではないですが、自分が日常で感じてきたささいなものが響き合ったり、かみ合ったりしたからこそ、原作をうまく再現できたと思います。

――歴史的名著を漫画としてよみがえらせ、今の子供たちに読ませたかった理由は。

鉄尾 私が原作を初めて読んだのは、20歳のとき、父から勧められたのがきっかけです。心震えるような内容が、素晴らしいと思いました。それと同時に、よく言えば啓発的で、下手をすれば説教臭いと受け取ってしまう人もいるだろうなと感じました。

この本を実際に漫画にしようと思ったのは、今から5~6年前のことです。自分より数十歳若い人が、この本に対する熱い思いを語ってくれました。

しかし原作は80年前の作品なので、今の若い人たちにポンと本を渡しても、なかなか読まないと思いました。今の若い人にも通じるようにするには、どうすればいいのか。そう考えた末に思い付いたのが、漫画化です。

原作のメッセージは、時代を超越して伝わる素晴らしいものです。原作から生まれた新しい一つの作品として漫画ができて、児童生徒さんたちに読みやすい形にできました。

道徳が教科化されましたが、道徳の教材にも結構ぴったりな本だと思います。漫画の部分だけでも、読んでもらえるとうれしいです。

――教員から児童生徒に、どう薦めてほしいですか。

羽賀 この本は、押しつけがましくならないように、上から下への矢印にならないように気をつけました。主人公のコペル君だけでなく、彼の心の支えになる叔父さんにも、自信に葛藤や迷いがある場面を描きました。

そういう設定にした理由は、何もかも達観した人物が「かく生きるべし」と言うのではなくて、なるべくコペル君と叔父さんが一緒に歩きながら、一緒に進みながら、生きるための考え方を身につけていくというストーリーにしたかったからです。「こう生きなさい」と指図する本にはしたくありませんでした。

僕は最初に「これが原作になります」と渡されたときに、「どう生きるか?」「ん?」と、ちょっと身構えました。実際、本のタイトルだけから、生き方を指図される本だと思っている方がたくさんいます。おそらく学校の生徒さんたちにも、そう感じている方がたくさんいると思います。

もし先生にお願いするとしたら、生徒さんたちに「いいから読みなさい」という感じで渡すのではなく、先生ご自身がどういう感想を持ったかを伝えてあげてほしいです。

先生と生徒が、叔父さんとコペル君のような距離感で接するのは難しいかもしれません。

そこで先生方には、生徒たちが書名に抱くであろう印象を払しょくできるようなプレゼンを考えてもらえるとうれしいです。授業で取り上げるよりは、生徒とざっくばらんに話す時間の中で、この本を話題にしてくれると響くのかなと思います。

〇プロフィール

漫画版『君たちはどう生きるか』(マガジンハウス)
『漫画 君たちはどう生きるか』(マガジンハウス)

羽賀翔一氏 漫画家。2010年、大学ノートに描いた『インチキ君』で第27回MANGA OPEN奨励賞受賞。14年、漫画雑誌モーニングで短期集中連載された『ケシゴムライフ』(徳間書店)を発売。17年8月に『漫画 君たちはどう生きるか』を発売。

鉄尾周一氏 編集者。マガジンハウス取締役。女性誌ananの元編集長。『漫画 君たちはどう生きるか』以外では、村上春樹さんや林真理子さんらの書籍を手がけてきた。