子供を守る性教育 タブーの意義を問う(2)

東京都足立区の公立中学校が行った性教育を取り巻く問題をきっかけに、性教育の在り方を考えるシリーズ。「望まない妊娠や性感染症を防ぐこと」を第一とする性教育ではなく、「命の大切さを知り、自分を守ること」を目指す学びにするため、子供の性をめぐる問題を専門的に研究する識者が、それぞれの立場で「タブーの意義」を問う。全4回の連載。第2回は、公立小・中学校で40年間養護教諭を務めた白澤章子「まちの保健室」代表。


性教育でいのちを学ぼう~「まちの保健室」を始めた元養護教諭のメッセージ~
「まちの保健室」代表・白澤 章子(元養護教諭)
■性をトイレ文化にしないで

ある中学校に転勤して間もない頃、3年生の女子トイレ個室に落書きがあると聞きました。「セックスしたい人、ここへ書いてね」とあり、返事として「正」の字が6人分書かれていました。そのほか、男性器の絵が描かれ「これは何でしょー」、そして「死にたい人、ここに書いてね」。

生徒指導担当の教員は「落書きがあったらすぐ消すこと」「落書きを書いてはいけない」と全校生徒に指導しましたが、同様の落書きが音楽室や昇降口にもあると知りました。「生徒たちはどんな気持ちなんだろう」と思い、トイレの壁にこんな張り紙をしました。

「トイレに落書きをした人、したい人へ 性のことは明るいところで、顔を見て話そうよ~たまらない、その感情を思い切って話してみよう~ 保健室 白澤」

するとその張り紙に書かれたのは「明るいところって!ホテル?」「ラブホテル」「ハ-イ わかりました!」という返事。「明るいところ」という表現が伝わりにくいと分かり、「性のことは、保健室で話そうよ。待ってるよ~性をトイレ文化にしないで、明るく、素敵な文化にしていこう~ 保健室 白澤」と書き直しました。3カ月後、保健室に来たトイレ掃除の生徒から「先生、あれから落書き無くなりましたよ」と聞きました。

一連の出来事を踏まえ、3年生を対象に「性欲を意識する脳の仕組み」と題して性教育の授業を行い、次の5つの質問をしました。(1)性欲は男子の方が強いと思う(2)自分は性欲が強いと思う(3)デートしたいと思ったことがある(4)キスしたいと思ったことがある(5)セックスしたいと思ったことがある。

無記名で1問ずつ回答してもらい、集計して校内で話し合いました。結果は、教員の予想をはるかに超えて性欲を意識する生徒の姿。性について隠さずにきちんと伝える性教育を通じて、大人に近づきつつある身体や心の変化が大きく現れる思春期について、生徒自身がそれぞれの発達段階に応じて学び、納得して過ごせるようにと願いました。

■「まちの保健室」を始めて 年々増える性の相談

退職後、「学校に保健室があるように、地域にも保健室があってもよいのでは」と思い、新築した自宅の中に12畳の保健室をつくり、「まちの保健室」と名付けました。現在9年目になり、近年では性の相談が増えています。高校を卒業した人から「妊娠したかもしれない」「自分の自慰はおかしいのだろうか」と相談されたり、大人から夫婦の問題を相談されたりしています。

学校や公民館、サークルからの講演も頼まれます。学習塾からも「子供さんに性教育をお願いします」と頼まれました。受講した大学生からは「こんな大事な体のこと、誰にも教えてもらってないです」「普段、性についての話は、家族でも友人の間でも絶対に話題になりません。今回、家族や友人以外の人たちと話すことができてよかったです。それぞれ考え方が違っていても、自分の考え方にも共感してもらえて安心しました。よい機会になりました」という感想がありました。

ある日、20代の女性からこんなメールが入りました。

「白澤先生が『性って素晴らしい!』って教えてくれる理由や、『性教育』=『妊娠までの仕組み』と思っていたけど、本当はそうではないことが分かりました。『お付き合いする相手がどのように生きてきて、周りの人がどれだけ喜んだのか、相手が生きてきた歴史みたいなもの』――。性教育は、人がその人らしく、そして、周りにどれだけ大切にされてきたか、その人が頑張って生まれてきた証しみたいに感じ、自分自身もとても尊く、大切な存在だと思えるようになりました。母子手帳を母が見せてくれて、私という存在が両親の手でとても大切に育てられて、今があるのだと気付きました。性教育を学ぶことは、先生が言うように本当に素晴らしいことで、生きることを大切にするところからあるのだと思いました。

もっと多くの方に、性教育について、そして自分はかけがえのない人なんだということに気付いてほしいです。どんな人でもそれぞれの歴史がある。たとえ嫌なことを言ったり自分を傷つけたりした人でも、その人なりの人生があって、互いに大切にし合わないといけない。性教育って『いのち』の勉強なんですね。そんなことを思いながら、今日の仕事も頑張りいます」

このメールを拝見して、「性」の大切さが分かることは自分に自信を持って生きること、自立する喜びを感じること、多様な人々と共に生きることに価値を見いだすことにつながると改めて気付かされました。

「まちの保健室」代表・白澤章子
■「性と生」のことをきちんと教えてくれる大人の大切さ

子供たちは、性について知りたがっていますが、多くの大人ははぐらかします。子供にとって必要なのは、「性と生」のことをきちんと教えてくれる大人に出会うことです。「困ったことがあったら、ここに来よう」「信頼できる大人に相談しよう」――。こう思えることが子供にとって非常に心強く、また、子供の「見守り」につながると思います。子供に教えるためにも、大人こそ「性と生」を学んでほしい。

性教育を実践し、「性と生」について正確な知識を率直に与えると、児童生徒の教員に対する信頼感は高まり、子供と教員のつながりはより強固なものになります。教員が安心して相談できる人であると示すことになるとともに、教員の児童生徒に対する理解も深まります。学校で担任が性教育をしてくれたらどんなに良いことでしょう。性のことを教えてくれる大人に出会うことが、子供にとっては安心で幸せなことです。

ですが、学校現場は多忙です。また、性教育を学んだ教員が少ないという現状もあります。性教育の充実のためにも多忙化の解消は重要であり、大学での「性と生の学習」が必要だと考えます。

ある高校で、性に関わる問題行動が起きているので、全校生徒を対象に性教育について講演してほしいという依頼がありましたが、「全校500人に対して一斉に話をするより、一つの学年ごとに授業をする方がよい」と提案しました。私を含む3人の元養護教諭が1学年ずつ受け持ち、「性と生」について授業しました。中学校でも3年生6学級へ、私を含む元養護教諭5人とその学校の養護教諭の合わせて6人で、1クラスずつ丁寧な授業をしました。

授業の最初に、「『性』と聞いたとき、どんなことを考えますか?」「『性』のことを爽やかに学ぶ本を持っていますか?」「さりげなく語り合える友に出会っていますか?」と問いかけます。性のことをタブーにしなくていいという安心感からか、生徒たちの表情が緩みます。また、授業が進むにつれ、性が「いのち」の大切さと結び付いていることに気付き、性を正面から真摯(しんし)に受け止めることができるようになる様子も感じることができます。

大人たちが人間の性を自然体でとらえ、人権の一つとして尊重することは、児童生徒を健やかに育てることにつながります。性の学びは、子供だけのものではありません。大人こそ学ぶものです。性教育を改めて捉え直し、子供たちに適切な学びをさせるためには、まずは指導する大人自身が、「性と生」のつながり、そして「いのち」の大切さについて、一から考えてみることが必要なのではないでしょうか。