子供を守る性教育 タブーの意義を問う(3)

東京都足立区の公立中学校が行った性教育を取り巻く問題をきっかけに、性教育の在り方を考えるシリーズ。「望まない妊娠や性感染症を防ぐこと」を第一とする性教育ではなく、「命の大切さを知り、自分を守ること」を目指す学びにするため、子供の性をめぐる問題を専門的に研究する識者がそれぞれの立場で問題に迫る。全4回の連載。第3回は、全校体制で性教育に取り組む港区立港南中学校の渡辺一信校長。


全校体制で取り組む 生き方につながる性教育

東京都港区立港南中学校長 渡辺一信
■親や教師の「見えない世界」 生き方の指導へ

本校に校長として赴任して10年目になる。赴任した当時、周辺地域は道路の整備が進んでおらず、街全体がどんよりとした雰囲気に包まれていた。複雑な家庭環境に育つ生徒も見られ、家庭のあたたかさを知らず、愛情への飢えや自己肯定感の低さなどから、寂しさを異性の友人で埋めようとする様子があった。ひとり親・共働き世帯の生徒が多く、使用が拡大するスマホについても、現在では9割以上の生徒が所持しているが、使い方などは放任され、親や教師の「見えない世界」が拡大していた。

大人が関与できないところで性に触れる機会の多い生徒には、「生き方につながる性教育」が必要だと考えた。スマホを通じて安易に得た情報に振り回されたり、必要な愛情の代償として性を捉えたりするのではなく、性について適切に理解し、自らの変化を真正面から捉えることで、人との濃密な関係を作り、生き方を見つけていくための基盤を生徒たちの心の中に築くことができると考えたのだ。

思春期にある生徒の心は、①親への反抗②異性への関心の高まり③大人の世界への憧れ――といった本能の現れを感じ、大きく心が揺れる不安定な中で、日々の生活を送っている。校内で行った生徒のアンケートからも、異性に関する興味や関心を持ち、身体に触れてみたいという欲求の高まりがあることなどが分かった。また、生徒が真に欲しているのは、単に身体的な変化や体の構造ということではなく、心理的な側面、人とのつき合い方や思いの伝え方だと感じた。

こうしたことから、本校では教育課題の一つを「心の教育 思春期の生き方指導」とすることとした。思春期を迎えた生徒が抱える心の課題を受け止め、人間としてよりよい生き方を目指すための教育を行い、自分らしく生きる生徒を育成することがねらいである。実施についても検討を重ね、年度末に講話を行うというやり方ではなく、3年間を通じた系統的な計画を立て、学期ごとに行うこととした。

港南中学校長 渡辺一信

■経営上の課題としての性教育

取り組みの初年度は11年度。性教育を「心を育む教育」と捉え、担任がクラスごとに実施することとした。担任が行う理由は、本校では性教育を「人格を形成するための基礎教育」と捉えているからであり、生徒と最も深く関わる担任が授業を行うことで、一人一人の心の問題に迫りながら、生き方を考えさせることができると考えたためである。実施の「準備」「特徴」「具体的な内容」は次の通り。

①準備(10年度に着手) ▽運営委員会での性教育実施計画の起案▽地域産婦人科医との連携▽PTA実行委員会で説明▽職員会議で教職員への周知▽地域・家庭への周知▽講師を招いた校内研修▽性教育特別委員会をつくり、校内体制を組織化

②特徴 ▽学級担任による性教育▽グループ学習を取り入れながら、クラスごとの一斉授業で行う▽毎学期各1回、「道徳・学活」として実施▽保健体育科で「心身の機能の発達と心の健康等」の事前学習を行う▽講師を毎回招き授業の講評と研修を実施、振り返りを徹底▽年度末には助産師による「性の講話」を行う

③具体的な内容 1年生では▽1学期=「異性を理解する」▽2学期=「正しい性との付き合い方」▽3学期=「心の変化と異性への関心」。2年生では▽1学期=「異性との関わり」▽2学期=「性情報と社会環境」▽3学期=「意思決定能力」。3年生では▽1学期=「自分と他者の将来を考えよう」▽2学期=「多様な性とは何か(全3回)」▽3学期=「性感染症の予防」。特別支援学級では▽1学期=「相手との適切な距離」▽2学期=「異性との関わり」▽3学期=「私のライフプラン」

表(性教育の実践学年・内容・時期)

■立ちはだかる壁 乗り越えた成果と展望

性教育実施に当たっては、さまざまな課題に直面した。まず、保護者が生徒の異性交遊に対して干渉したがらず、指導に対しても消極的であること。PTA実行委員会だけではなく、学校保健委員会などで養護教諭と地域が連携しながら、家庭への周知を丁寧に行った。入学前の保護者説明会でも、「本校では性教育を心の教育として行う学校です」と説明。生徒への周知も併せて行った。

次の課題は、それまで前例がなく、いわば羅針盤のない状態で進まなければならなかったこと、そして、難色を示す担任も中にはいたこと。保健体育科や養護教諭でもなければ性教育を受け持つことはなく、経験のない指導をしなければならないことに抵抗する様子があった。そこで、「性教育は人格の基礎となる教育」という考えを提唱してきた堀内比佐子先生(全国性教育研究団体連絡協議会事務局長)に校内研修の講師をお願いするとともに、本校における性教育の方向性を示していただき、本校ならではの「生きるための学び」につながる性教育を築いていった。

また別の課題は、生徒が性に対して抱く興味・関心が放任された状況にあり、「性の遊び化」が見られること。そして、親不在の家庭が異性との遊び場となる状況があること。「自分の心と体の変化にどう向き合うのか、生活の中できちんと考えさせたい」「自分がかけがえのない存在だと早く気付いてほしい」「自分自身を大切に、そして周りも大切にできるようになってから社会に巣立ってほしい」――。教職員は、多感な思春期を迎えた生徒たちのために、「生き方につながる性教育」を充実させたいと願い、研修を重ねて知見を深め、学年ごとに指導案を練った。

最初は照れてへらへらと笑っていた生徒も、回を重ねるごとに表情が変わり、グループでの話し合いなどにも真剣に取り組むようになる。徐々に成果が見られ、性に対して抱くのが「単なる興味・関心」や「恥ずかしいもの」という認識だったのが、「自分や他者を大切にすることにつながるもの」へと移っていくのを感じることができるようになった。

生徒に変化が見られると担任も徐々に変わり、生徒と性を通じて生き方に関わるさまざまな話題が持てること、性に関わる相談にも応じながら信頼関係を一層深められることなどに、やりがいや充実を感じている様子を見ることができた。

今後、校長や教員が変わってもこの取り組みが続くよう、すでにシステム化した本校の性教育を受け継ぐ体制作りの徹底や、「性教育実施上の研修」の制度化を行い、「性教育は心の教育」と自信をもって実施できる教員の指導・育成に努めていきたい。

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