子供を守る性教育 タブーの意義を問う(4)

東京都足立区の公立中学校が行った性教育を取り巻く問題をきっかけに、性教育の在り方を考えるシリーズ。「望まない妊娠や性感染症を防ぐこと」を第一とする性教育ではなく、「命の大切さを知り、自分を守ること」を目指す学びにするため、子供の性をめぐる問題を専門的に研究する識者が、それぞれの立場で問題に迫る。全4回の連載。最終回は、東京学芸大学に所属するスウェーデン在住の研究者・中澤智惠研究員。


これからの性教育を考える~スウェーデンを手がかりとして~

中澤智惠・東京学芸大学研究員
■スウェーデンでの学び 性教育をモラル・道徳化しない

日本はいつまで、子供たちに性交を教えないままでおくつもりなのでしょう。子供や青少年に、学校や家庭でどういう性教育をしていけばよいのか、どう考えたらよいのか、日本ではいまだに共通認識や指針をもてないでいるようです。国際的水準では、国際セクシュアリティ教育ガイダンスが示されていますが、今回は、具体的に考える一助としてスウェーデンの状況についてご紹介したいと思います。

スウェーデンでは、学校での性教育は1955年から必修です。ただ、性教育という教科はなく、全教科にわたって「ジェンダー、セクシュアリティ、関係性」を取り扱うこととされています。スウェーデン学校庁の性教育ガイドを見てみると、学校での性教育には三つの柱があります。一つは、教科統合的・横断的な取り扱いで、各教科の授業において、ジェンダー、セクシュアリティ、平等、関係性にかかわる内容や視点を組み込むことです。もう一つは、性教育として特別授業やテーマ学習の機会を設けることで、最後に、日常の学校生活場面で、生徒の言動や質問などから学びを展開していくことです。

学校での性教育に際して重視されるのは、観点・視点です。まず、性教育のみならず、学校でのすべての教育活動に共通した基礎として、人権と民主的価値の尊重が置かれています。性教育は、差別のない、平等で公平な学習環境を実現する活動の一環であり、児童・生徒の性的権利と各個人のアイデンティティー形成のための学習なのです。

そして、性教育を広い視点で行い、既存のジェンダーや性規範に対して批判的視点をとること、性教育をモラル・道徳化しないことなどが基本方針として示されます。性教育は科学的知識を基盤として実施されることとされており、同時に、変えていくべき社会規範を生徒自らの力で考えていくものとされています。教員には、知識と価値観を弁別し、自らのもつ性に関わる価値観を省察することを求めています。したがって、性教育は「正しい性道徳を教える」のではなく、「生徒が自ら、性規範や道徳を問い直し、議論を通して考えていくもの」です。教師はその学びを支えていきます。

(表1)スウェーデンの公立病院などが示す性情報

■「なぜ性教育は必要なのか」 意義を語るスウェーデン教師の言葉

性教育には、望まない妊娠や性感染症、性暴力などの問題の予防を意図する側面が含まれますが、同時に、平等な人間関係をつくること、性的健康を保つこと、自分自身の感情に気づき表現することといった肯定的な側面を強化していくことが重要です。学校庁の性教育ガイドには、性教育の意義を語る教師の言葉が引用されているので、一例を要約してご紹介します。

「子供たちは遅かれ早かれ、性暴力や虐待、ペドフィリア(小児性愛)という言葉を耳にし、質問してくるでしょう。そのときに、身体やセクシュアリティ、個々人の尊厳と権利についてきちんと話したことがなかったとしたら、教師は子供たちに、こうしたセクシュアリティの喜ばしくない側面について話すことができるでしょうか。性教育によって、子供たちがセクシュアリティを理解する『よいプラットホーム』をつくることができれば、こうした質問にも対応しやすくなります」

スウェーデンでは性教育に限らず、中心的内容領域は示されても、日本のように細かな学習内容の規定がありません。したがって、性教育の授業は学校によって多様で、校長や教員の問題意識によって展開されています。それを支えるのが公立の青少年クリニックで、青少年が無料でさまざまなサービスを得られる医院です。心身の健康に関する多様な問題を扱いますが、そこでセクシュアリティは大きな部分を占めます。生徒は、義務教育が終わるまでに必ず一度はクラス単位で訪問し、クリニックの趣旨と利用方法を含めたガイダンスを受けることになっています。

ほかに、RFSUという性教育推進団体(NGO)もあります。1993年に設立されて以来、スウェーデンの性教育の議論をずっとリードしてきました。この両者がウェブ上でさまざまな情報提供やチャットによる相談活動などを行っています。教員はこうした資料を活用すると同時に、学校にここから専門家を招いて性教育の授業を行ったりもします。

ウェブサイトのメニュー一覧(表1。筆者和訳)から分かるように、日本の皆さんはその内容にびっくりして腰を抜かしてしまうかもしれません。しかし、青少年の抱える悩みや不安、疑問に的確に応え、社会からいや応なく受け取るゆがんだ性情報に対抗するために、隠し立てせずに正確な知識と考え方を提供しているのです。

(図1)スウェーデンと日本の性意識の違い(中澤智惠「スウェーデンの高校生の性行動と性意識」日本性教育協会『JASE現代性教育研究ジャーナル』No.50, 2015年5月号より)

■「きれい-きたない」 性に対するイメージの違い

スウェーデンの青少年の初交経験年齢は、2015年の調査(UngKAB15、16~29歳回答)によれば平均16歳です(性交同意年齢は15歳)。筆者の実施した調査(14年)では、高校3年生で性交経験率は6割超でした。日本とは比べ物にならないくらい、青少年が性的にアクティブですが、そのこと自体はまったく問題になっていません。性に対するイメージも日本の高校生に比べてずっと肯定的で(図1)、性的関心や性的行動が低下傾向にある日本とどちらが幸せなのか、考えさせられます。

学校での性教育にはスウェーデンでも、教員養成課程において性教育を学ぶ機会がほとんどないなど、日本と同じように多くの課題を抱えています 。しかしながら、国や社会の基本的な立場として、子供や青少年は性的権利を持つ主体であると認め、自らのセクシュアリティに責任を持ち、性的自己決定を行い行動できるようになるために、十分な情報や知識、考える視点と、省察し対話する機会を提供するという揺るぎない方針があります。

性教育は学校内の課題にとどまらず、社会全体で性をどうとらえるかに関わっています。青少年の性的行動面を含めて、日本とは相当に違うと感じられるかもしれませんが、どの方向に歩みを進めていくのか、今こそ活発な議論が必要なのではないでしょうか。

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