【シリーズ 先を生きる】教師が抱える“違和感”の正体(中)

子供たちにとって真に必要な教育とは何か、自分はこれからどんな教員を目指すべきか。理想の教育を追求する中で行き当たる「このままでいいのか」という違和感。聖心女子大学文学部教育学科の永田佳之教授と、東京都立武蔵高等学校・附属中学校英語科の山本崇雄教諭、同校生物科の山藤旅聞(さんとう・りょぶん)教諭は、いずれもそんな違和感から新しい学びにたどり着いた教員。今も自己変革を続ける3人が、互いに刺激し合いながら、変容する現代におけるこれからの教育について語り合った。コーディネーターはTeacher’s Lab.代表理事の宮田純也氏。全3回。


レズニックの教育論にちりばめられたヒント

■求められる学び

宮田 新しい時代の中で、教員の役割も大きく変わっていくのですね。

山本 教員がリアルな社会と子供を結びつけることは重要です。リアルな活動を通して抱いた疑問を、それぞれが学問的に深めていくようになります。英語であれば自然に文法書を開くような。リアルな社会に預ければ、「分からない状態」という混沌の中から自分たちで問いを見つけ、答えを見いだしていく。小さな子を砂場に入れれば、自分で遊びを作り出すように。

山藤 子供たちが問いを見つけて探究を始める、一番のエネルギー源は原体験。心が動く本物の体験だと思います。そういう学びでは、理科はやはり強いです。私が原体験として実施している活動の一つが、ボルネオのツアーです。

宮田 山藤先生が中高生や大学生を対象に実施されているスタディツアーですよね。自然と触れ合う体験をしながら、生物多様性やSDGsと日本とのつながりを学ぶツアーでしたね。

山藤 ええ、NPOと連携して行っています。本物を体験し、問いを立て、学んでいく姿勢を育てたいと思い、15年の冬から始めました。ボルネオで「本物」を体験すると、帰ってきた子供たちは何かがしたくてうずうずするようになります。そういう、子供たちが強いエネルギーをもって取り組む学びになると、教員は年数や経験値でしか勝てません。若いエネルギーには勝てない。教員は教壇に立つ側でありながら、教わる側にもなります。子供たちの発想に教わるようになっていく。フィードバックをもらいつつ、こちらからも提供を続ける。どちらが上で下ではないですね。

山本 少子高齢化の社会だからこそ、フラットな関係を築いていかないと生きにくくなる。年上だから教えるという関係性ではなく、互いに「教えて」と言い合えて、パートナーシップを作れる大人にならないといけなくなります。年上だから、教員だからという垣根がなくなっていくでしょう。

永田佳之教授

永田 フラットな関係作りの中では、教員も問いをもち、探究を続けないとといけないですね。

宮田 誰かが教えて、誰かが教わるという、一方向だけの学びではなく、大人も子供も、互いに学び合える関係が必要ということなのでしょうね。

永田 究極の学びの世界は、ラファエロが描いた「アテネの学堂」ではないでしょうか。誰もが自由を行使して学んでいる。プラトンとアリストテレスが対話していて、ソクラテスは誰かと対話している。ヘラクレイトスは肘をついて、ディオゲネスは寝っ転がって考えて。皆が自由な方向を向いています。

山藤 「アテネの学堂」の話で50分語ったことがあります。真ん中の二人、プラトンは指を天に向けてイデア論を、アリストテレスは手のひらで地を示して現実を示していると言われますが、私はアリストテレスが指を広げているのは多様性、プラトンの一本指は共通性で、生物学を表しているんだと思っています。

■レズニックが示す新しい教育論

永田 山本先生や山藤先生の実践は、レズニックが示すモデルに非常に近いですね。レズニックは、MIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボ、ラーニング・リサーチ(学習研究)の教授です。プログラミング環境「スクラッチ」の開発者でもあります。

山藤旅聞教諭

山藤 プログラミング環境の開発者でありながら、教育学者でもあるのですね。

永田 ええ、スクラッチは世界中で数百万の子供たちが利用しているプログラミング環境です。言語であり、コミュニティーでもあります。すべての年齢の子供たちの興味に基づいた共同学習体験を支えるツールになっています。

宮田 プログラミング教育という視点からも、非常に今日的な研究と言えますね。

永田 山本先生、山藤先生は、興味関心を徹底的に重視している。私も以前から好奇心の重要性を考えてきました。レズニックも、「興味への投資は、いつでも最高の利益で報われる」としています。その点でもお二人との強い関連性を感じました。

宮田 まさに、これからの時代の教育を示しているわけですね。

永田 山本先生がお書きになった『なぜ「教えない授業」が学力を伸ばすのか』は、一気に読みました。やはり、伝統的な教員とはまったく違います。レズニックの著書である『Lifelong Kindergarten』は、17年に出版され、今年4月に日本語訳が出されたものですが、その中で「クラブハウス」について示しています。「クラブハウス」の提唱は、山本先生や山藤先生、お二人が考えている「教員の役割とは」という問いに対する答えの一部を、レズニックが示していると言えるでしょう。

「クラブハウス」は子供たちの学習スペースで、メンターがいます。メンターは教員にあたるわけですが、その役割はカタリスト(触媒)であり、きっかけを与えるに過ぎません。困ったり迷ったりしたときのコンサルタントでもあり、若い人がほかの若い人を助けるようにするコネクターでもあります。また、若者をサポートし、アドバイスしたり、若者に変容を促すコラボレ-ターの役割も果たします。賢人ではありません。適切なガイドをする導き手なのです。

山本 教えることと学ぶことの境界線が、曖昧になるような印象があります。それは先ほどのお話につながりますね。プログラミング教育という点でも、今は子供たちの方が進んでいて、こちらが教えてもらう側です。どんどん垣根がなくなっていく。

山藤 子供たちはSNSの使い方も上手ですね。自分は大学院でやっとパワーポイントの使い方を覚えたのに、子供たちはプレゼン資料もスマホで作っている。プレゼンしてもらいながら、どうやって作ったかも教えてもらっています。本当に、どちらが上でどちらが下ではないのです。

山本崇雄教諭

山本 私の未来教育デザインを高1の息子に話したら、「お父さんは何がやりたいの。一つの学校を変えたいの」と聞かれました。「もっともっと大きな世界を変えたい」と話すと、「だったら若い世代に発信しないと。SNSを活用して」と言われました。自分たちの世代はそのやり方を知らないから、「教えて」となる。プログラミングも含めて、若い世代の方がずっと進んでいることはたくさんあります。「自分はこういう経験がある」ということを伝えながらも、互いに学び合える関係、パートナーシップを作るしかないと思います。

永田 そのためには最初の段階が大事で、その点についてもレズニックが理論化しています。教員は子供に選択肢を用意するが、壁は広く、垣根は低く、天井は高くすることが大切な学びの環境なのです。それでも狭いと感じたら、子供はいつでも飛び出していい。それが手放すタイミングになるのです。

山本 リアルな社会に向けて、自立していくのですね。

プロフィール

永田 佳之(ながた・よしゆき)聖心女子大学文学部教育学科教授。大学卒業と同時に中東およびイギリスに滞在。国際基督教大学大学院教育学研究科で博士号取得。ユネスコ協同センターで国際理解教育の推進に携わる。2007年から現職。ESDや気候変動などの地球規模の課題をテーマに、世界各地の学校現場を回る。共著に『新たな時代のESD: サスティナブルな学校を創ろう―世界のホールスクールから学ぶ-』(明石書店)など。
山本 崇雄(やまもと・たかお)東京都立武蔵高等学校・附属中学校教諭(英語)。都内公立中学校、東京都立両国高等学校・附属中学校を経て、2017年から現任校。検定教科書NEW CROWN ENGLISH SERIES(三省堂)編集委員。自律した学習者を育てるアクティブ・ラーニングの「教えない授業」を実践。著書に『なぜ「教えない授業」が学力を伸ばすのか』(日経BP社)。
山藤 旅聞(さんとう・りょぶん)東京都立武蔵高等学校・附属中学校教諭(生物)。持続可能な社会を実現する行動者の育成を目指す。JICAと連携した授業や、東京都檜原村における里山フィールド教育といった企画のほか、全国の学校や大学、企業への「SDGs出前授業」などを実践。学校の枠を超えたSDGs教育の普及に尽力している。国連大学主催の全国ユース環境ネットワークやNHK高校講座の講師も務める。