埼玉県学力調査の試み(下) 非認知能力とALが鍵

教員の実感をデータで見える化したことで、頑張っている教員が評価され、エビデンスに基づいた教育施策が実現するようになる。4年間にわたる埼玉県学力調査のデータから、学力を伸ばすには「主体的・対話的で深い学び」と学級経営が関係し、いずれにおいても非認知能力が鍵となっていることが分かってきた。そして、この埼玉県学力調査をOECDも注目しているという。開発に携わった大江耕太郎文化庁文化部芸術文化課文化活動振興室長と、大根田頼尚文科省高等教育局国立大学法人支援課課長補佐へのインタビュー後半では、埼玉県学力調査の可能性に迫る。


■非認知能力が学力を伸ばしている
――埼玉の学力調査の分析で、どのような指導が学力を伸ばしていることが分かったのか。

大根田 分析を通じて、非認知能力が学力を伸ばすのに大きく貢献していることが分かってきた。非認知能力を調査対象として入れたのには二つ理由がある。どうすると学力が伸びるかを、われわれは見つけたかった。基本的な知識・技能や、それらを応用する力を伸ばすにはどうしたらいいかを調べていると、非認知能力や学びに向かう態度が伸びている子は学力が伸びているという先行研究があった。この研究で示された仮説に基づけば、学校として重要視すべき点が分かってくると考えた。

もう一つは、学校の受け止めの問題として、「学力だけを伸ばせばいい」というスタンスに対して、非常に抵抗があるだろうと思ったからだ。学校は学力を伸ばすためだけの場所ではない。「やり抜く力」をはじめとする非認知能力も両方伸ばせる学校教育活動とは、どのようなものなのだろうか。それも調べた方が、現場の受け止めは違うのではないかと考えた。

その結果、きちんと学級づくりができ、アクティブ・ラーニング(AL)ができる、この二要素をどれだけ教員ができるかで、この非認知能力の伸びが変わり、それが学力の伸びにつながっているということが因果関係として分かってきた。これは、現場の教員の肌感覚にも近いのではないか。

――非認知能力はどのように把握しているのか。
「ALと学級経営が非認知能力と学力を伸ばす両輪」と指摘する大根田氏

大根田 端的には自己評価だ。非認知能力には、自制心、自己効力感、勤勉性、やり抜く力の4種類あるが、小4でこのうちの自制心だけを聞き、その小4が翌年度に小5に、そして翌々年度に小6となったときにも同様の質問を用いて聞いている。

本来はより多くのカテゴリーの非認知能力について聞けるといいのだが、質問項目が多くなってしまう。質問は8~12個あり、先行研究に基づいて、学問的に確立された指標を用いている。各質問を5段階で聞いて、その平均を取る。それがどう変化するかを見ながら、学力とどういう関係があるかを見ることができる。

大江 自己評価には懐疑的な意見もあるだろう。子供によって考え方や感じ方が違う。一時点の調査であれば、それが本当に非認知能力の指標として活用できるのかどうか疑義があるだろう。しかし、この調査は継続調査であるため、調査を受ける子供は同一人物であって、控えめな子が控えめな子なりに「去年あのように答えたけど今年はこのようになった」などという変化が見られる。

同一人物の変化を追っているので、一時点での調査よりもはるかに有益な分析ができる。その同一人物の中での考え方の変化と、学力の伸びの変化とを比べることによって、相当程度の因果関係が推論できる。

■ALと非認知能力・学力の関係
――ALをやっている教員の方が、非認知能力も学力も伸ばせるのか。

大根田 子供への質問紙で、例えば国語であれば、小6の児童に「去年の小5の国語の授業はどのようであったか」ということを聞いた。質問紙の項目は多くの指導主事同士が話し合った上で、「主体的・対話的で深い学び」の要素を埼玉県教育局として抽出したものになっている。これらについて、同じように5段階で聞いた上で、昨年のクラスにソートし直せば、子供が昨年の教員の授業をどう見ていたかが分かる。

子供ごとに継続的に調査した上で、「主体的・対話的で深い学び」の要素を含んでいる授業を受けていたと感じる程度の変化量と、非認知能力が当該1年間において、どの程度伸びたのかという変化量や、学力がどの程度伸びたのかという変化量の関係を分析して分かったことが二つある。

それは「主体的・対話的で深い学び」の授業を受けていなかった子が、そういった授業をより受けるようになると、非認知能力がより伸び、そしてその場合学力がより伸びること。もう一つは学級経営、つまり子供同士の人間関係や、教員と子供の信頼関係がきちんと作れている場合であるかどうかも、非認知能力や学力の伸びをよりもたらす可能性があることだ。

ALは単にテクニカルなものではなく、きちんとした人間関係ができているかと密接に結び付いている可能性が高く、これらにより非認知能力が伸びて、結果として学力が伸びている可能性が高い。したがって「主体的・対話的で深い学び」と「学級経営」は、学力を伸ばす両輪であり、その間に非認知能力が鍵として関わっていると言える。

■OECDが埼玉県に注目
――埼玉の学力調査をOECDも注目していると聞いた。OECDはどの点を注目しているのか。
学力を向上させるALと学習方略、非認知能力の関係

大根田 昨年、OECDのアンドレアス・シュライヒャー局長が来日した際、埼玉に立ち寄り、話をしたり、私もOECDのアナリストに対して、フォーラムで埼玉県学力調査を説明したりする機会をいただいた。

彼らの問題意識はいくつかある。一つは、非認知能力をきちんと調査をしていきたいということ。彼らはSocial and Emotional Skills(社会情動的スキル)の調査をしたいと考えていて、その調査設計を考える上で、埼玉県が学力と認知スキルとをブリッジする形で分析していることに関心を持ったようだ。

もう一つは、彼らが行っているPISAはIRTを使って子供の学力を測っていて、一方のTALIS調査では教員の指導力を測ろうとしている。

彼らが課題に思っているのは、PISAはIRTではあるが継続調査ではなく、毎回受ける子供が違うため、例えばある300点の国が次回調査で400点になったとして、IRTなので能力が伸びたとは言えるが、そもそも調査を受けている子供が違うので、結局それはその国の施策や指導によるものか、子供が異なるからなのかはよく分からないという問題がある。

さらに、教員のデータとも結びついていないので、学力を伸ばす最も大きな要素の一つであると思われる教員とのブリッジも明確になされていない。そのために教員の指導や研修など、どの要素が子供の能力を伸ばしたのか示唆が得にくいとの指摘がある。

埼玉では、子供に教員の指導について聞いたり、市町村によっては教員に別途で調査したりしている。そのような教員のデータと学力と非認知能力の伸びがブリッジされ、かつ経年調査であるので、因果関係として、どのような教員の行動や研修などが、子供の能力を伸ばしたかが分かる。それがシュライヒャー局長が高く評価した点だと考えている。

OECDと埼玉県が協力することで、さまざまな効果が生まれるだろう。例えば埼玉でOECDの調査を実施し、そのデータ結果と埼玉県学力調査のデータと結び付ければ、より詳細な因果関係分析が可能となる。現在、そういった協働の可能性について検討を進めている。

■埼玉県学力調査の可能性
――もしこの埼玉の学力調査が広がったとしたら、学力観はどう変わるか。
「エビデンスに基づいた教育施策が実現できる」と話す大江氏

大江 この調査を始めるにあたり、一つのきっかけとなったのは、TALIS調査で諸外国の中で日本の教員が最も長時間労働であるにもかかわらず、教員の指導に対する自信が他国に比べ極めて低いという結果だ。日本の教員は世界的に極めて高い評価を受けているのに、教員自身の自己評価が低いのは非常に問題だ。多くの子供たちを伸ばせているのに、それが可視化されていないのが一つの要因ではないかという思いがあった。

学力に関してはさまざまな見方ができる中で、学力が人と比べて高いという見方も一つの視点だし、相対的な学力は低位のままであるものの、過去の自分と比べて学力が伸びてきたというのも素晴らしい視点の一つである。全員が伸びることもあるという見方ができることが、望ましいと思っている。

データでしっかり物事が分かると、例えば「ALは本当に意味がある」「教員研修にもう少し予算を投入した方がいい」「少人数学級の効果が高い」など、エビデンスに基づいた政策効果をしっかり把握できるようになる。

私たちは文科省の職員として、教育の充実を信念として持っている。そこにしっかり根拠を与えながら、やっていかなければならないし、適切な分析を継続すれば、それができるという思いがある。

大根田 埼玉県でこの調査が受け入れられつつある一番の理由は、子供の能力を伸ばしたり、変容させたりする教員の役割を「見える化」できる点にあったと考えている。頑張った教員が自信を持って「自分がやってきたことは正しかった」と思える。そんな教員がもっと活躍できる環境を整えられるというところに、現場への共感が生まれつつあるのではないか。

「これが唯一のやり方ではなく、そもそも調査で測れることは教育の効果の一部である」という謙虚な態度は、忘れないようにしたい。一方で、この学力調査の考え方に共感して「一緒にやりたい」という自治体が増えていくことで、まさに頑張っている教員の助けになるのであれば、非常にありがたい。

(おわり)

(藤井孝良)