スポーツマネジメント発の学級チームビルディング(下)子供たちの多様性をつなぐ ビジョン+思考ツール&対話


主体的な学びに向けた脱一斉授業の取り組みの中で、グループワークをさらに進化させた「チーム学習」。学級運営にスポーツマネジメントを応用し、それぞれの児童の個性を生かす“先生が教え過ぎない授業”。元神奈川県公立小学校教諭で、現在は佐久穂町イエナプランスクール設立準備財団理事を務めている桑原昌之氏に、具体的なチームビルディングの手法を聞いた。


■異なる個性同士をつなげるビジョン共有
――児童と共につくる学級のゴールは何ですか。

クラスの共通目標は「居心地の良い教室にすること」です。これは大きなテーマのようなものですが、居心地の良さというのも実際は人それぞれですから、チーム全体の目標だけでなく、個人のビジョンも必要になります。

僕は始業式の日に「未来作文」というのを書かせていました。クラスが解散する日の自分自身の気持ちをつづる、未来日記みたいなものです。最後の日に、どんな気分になっていたいか。それが、「居心地の良い教室」という全体テーマの中での個人ビジョンになります。

よく「チーム学校」などのテーマで、学校の目標をそのまま全ての教師の目標としておいてしまうケースを耳にしますが、僕は全体のビジョンに個人が縛られ過ぎないことが大切だと思っています。なぜなら、人それぞれ個性が違うので、目指すことも目指し方もそれぞれで良いと感じるからです。「チーム○○」という一つの目標の旗を大きく振るのではなく、個人個人が自分の目標を持った方がモチベーションも上がりますよね。

――個人のビジョンは全体へも共有するのですか。

もちろん共有します。ビジョンを共有するだけでなく、そのためにどうしたら良いか?ということも考えて共有してもらいます。例えば、クラスが解散する日の気分をイメージして、皆に「使ってほしい言葉」「使ってほしくない言葉」「使いたい言葉」「使いたくない言葉」を出し合います。

ポジティブな言葉やネガティブな言葉を皆がそれぞれ共有すると、その言葉を意識するだけで友達の目標達成のサポートができますよね。個人のビジョンを、みんながそれぞれサポートし合う土壌ができます。

■スポーツマネジメントから持ち帰った思考ツール
桑原昌之氏
――言われてうれしいこと、嫌なことが分かっていると、児童同士の対話も弾みそうですね。

そうですね。でも実は個人ビジョンを共有しているだけでは、まだ不十分です。「○○したい」という目的が人それぞれ異なるというのは、それぞれが違う眼鏡で世界を見ているような状態なわけなので、その違う世界同士をつなぐために有効になるのが「思考ツール」と「対話」です。

スポーツマネジメントの学びから得たものですが、僕がよく使っているのは、「事実」「理想」「手だて」という思考ツールです。そこで「何が起きているのか」「理想の姿は」「理想に近づくために何をしたら良いか」ということ。

例えば掃除の時間に、「あいつがいつも箒(ほうき)を取っちゃうんだよ」ということが起こります。児童は自分の主張を訴えて、教員に解決を求めてきますよね。教員が「掃除当番表を作る」などの交通整理をすれば即効性があって良いのですが、ここであえて「そうか。事実報告ありがとう。じゃあ、どうすればいいかな? それを実現させるためにはどうしたら良い?」と児童に考えさせます。

この思考ツールを使って考えてもらうというのは、一度ですぐにできるようになる訳ではないので、根気よく繰り返し、いろいろな場面で活用することが必要になります。この「根気よく継続して」というところが、学級チームビルディングの一番のハードルかもしれません。

■プラスαの必須条件は「対話」
共有で効果的な対話が生まれる
――この関わりを続けていくと、児童同士の話し合いもできるようになっていくのですか?

「事実」「理想」「手だて」のフレームワークが、クラス全体の共通の思考ツールとして浸透することに加えて、ポイントとなるのは「対話」です。「事実」も一つじゃない。見る目が変わればアングルが変わり、見えるものも変わりますよね。

児童が伝えてくれる「事実」を、できる限り同じ目線で捉えると同時に、たとえそれが他の児童が伝えてくれる「事実」と異なっていても、それぞれをきちんと受け止めます。「事実」も「目指したい理想」も一つではないという前提で、お互いの主張を共有して、一緒に「理想の姿」を目指すための「手だて」を考えていくには、「対話」が不可欠となります。

自分の「理想」を発信するだけでは、ダメなんですよね。そこには、相手の「思い」をリスペクトする姿勢を持って受け入れることが必要になります。この点は、このインタビューの(上)でもご紹介した、CRS(チャレンジ・リスペクト・スマイル)が浸透されているからこそ生まれるものですね。

事実・理想・手だての思考ツール
■保護者や他の教師の反応は良かった
――「チーム学習」に対する保護者や、他の教員の反応はいかがでしたか?

保護者は最初こそ心配されましたが、「完璧な教師ではない」というありのままの僕を開示し、丁寧に対話を重ねたので、アドバイスをいただくなどとても協力的でした。

ちなみに、「事実」「理想」「手だて」のフレームワークは、保護者の皆さんとの個人面談のシーンでも活用していました。おのおのご家庭の目標もそれぞれですから、現在の状態を共有して、どんなゴールを目指すか、そのためにどうしていくか――を個別に話し合っていくのにも、実はこのフレームワークはとても使いやすいのです。

他の教師たちも興味を持ってくれて、サークルベンチのある教室が広がっていきました。何か困ったことがあったら、教師同士で相談しあえるようにもなりました。教室の中だけでなく、職員室でも自分自身をさらけ出してオープンでいられると、気軽に相談しやすくなるので学校の空気がとても良くなります。

■笑顔で過ごせる空間に
――「居心地のよい学級づくり」を目指す教師へのメッセージは。

皆さんきっと、それぞれの「理想の教師像」をお持ちで、日々頑張っていらっしゃると思います。まずは、その現在の皆さん自身を自分で褒めてあげてください。教師は教師になるまでにすごくいろいろ勉強してきているわけだし、教師というだけである程度すごいことです。

そんな現在の自分自身を認めてあげた上で、「教師としての自分」と「本当の自分」がどれくらいフィットしているのか、自分自身を見つめてみるのもおすすめです。もしあまりフィットしていない場合は、「本当の自分」をもっともっと教室で出していっても良いかもしれませんね。

皆さんそれぞれの「強み」をお持ちでしょうから、それをうまく教室でも生かしていこうよ――という発想です。「強みなんてない」と謙遜される方がいるかもしれませんが、やっていて楽しいことや心地よいことはありませんか。その「心地よいこと」を教室で生かしていければ、教室は皆さんにとって安心できる場所になりませんか?

学級のチームビルディングは、「居心地の良い教室作り」にとても有効です。教師も児童も本当の自分自身をさらけ出して自然体で過ごすことができれば、教室はきっと、皆が安心してチャレンジでき、笑顔で過ごせる空間になりますよ。

(森田亜矢子)


【プロフィール】

桑原昌之(くわはら・まさゆき) 1967年生まれ。東京学芸大学教育学部卒業、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修了。神奈川県公立小学校教諭、伊勢原市教育センター研修指導主事等を歴任。JFA公認C級コーチ・スポーツマネジャー(GRADE3)のライセンスを保有し早稲田大学スポーツビジネス研究所招聘(しょうへい)研究員を務めるなどスポーツマネジメントの知識を学校現場に生かしてきた。現在は佐久穂町イエナプランスクール設立準備財団理事として、日本初のイエナプランスクールの設立に携わっている。